完結
 試験期間になると、たまに突然掃除をしたくなる。今回もそれだ。部屋がすっきりしたらきっとやる気も出るよね、とか思って始めたけれど、結局現実逃避だと片付けた後になって気付く。

 自習室で勉強をして、図書館で勉強をして、塾に行って勉強をして、家に帰って勉強をする。受験生だから仕方がないのかもしれない。


 片付けを終えた後、いくつか解いた問題集をパタンと閉じる。
 台所に向かい、沸かしておいたお湯をマグカップに注げば、ふわっと匂いが香る。肺いっぱいにその優しい香りを入れるようゆっくりと息を吸えば、幸せな気持ちで胸が満たされる。
 最近よく飲んでいるこれは、伊賀崎くんから貰ったものだ。香りも優しくて癒され、勉強した後に飲むと本当にぐっすりと眠れて疲れもよく取れた。
 とても有り難いものを貰ってしまったと思う。可愛い猫が描かれたパッケージに触れると、あの時の嬉しそうな伊賀崎くんのことを思い出した。

   ○

 夏休み前の試験も無事終わり、採点された最後の答案用紙も無事返却された。受験を意識した試験内容であったため、今までよりも少し点数が下がってしまったが、思っていた以上に悪い点数ではなかった。まぁ、見返せばもう少しミスも減らせたなと思うところはあったけど。
 もう少し、ミスを減らせればなぁなんて思いながら机の中から図書館の本を取り出す。貸出期限が迫っていた。


「返却お願いしまーす」

 昼休み、図書館で借りていた本を返却すれば、長次が対応をしてくれた。長次は私の顔を確認すると小さく頷いて丁寧に本を受け取る。

「試験、どうだった」
「まあまあかな。でも、長次が教えてくれた参考書は本当に助かったよー。あれなかったら多分わからないままだった」
「なら、良かった」
「やっぱり文系なら長次に聞くのがベストだね」
「英語は仙蔵の方がいい」
「あー、仙蔵はいつも満点近いもんね」

 周りには私たちの他に人がいないため小さな声で喋っていると、長次は「そろそろ文化祭の話題が出てくるころだな」と、もそりと控えめな声で呟いた。

「うん。今年で最後だね」
「ああ」
「長次と、小平太のクラスは絶対遊びに行くから、長次たちも私たちのクラスに遊びに来てね。まぁ、まだ何するか決まってないんだけど」
「ああ」


 雑談もそこそこに図書館を出ると、一気にもわっとした空気が体を覆った。今日もぎらぎらと輝く太陽により外は暑く、自動販売機の水は既に売り切れていた。
 暑いなーと、額ににじみ出た汗を腕で拭っていると、小平太がジャージでランニングをしているのを見つけた。長次が言っていたが、小平太はテスト期間に頭を使ったために、体を動かしたくて仕方がないらしい。

「小平太ー」
「おお、なんだ名前じゃないか」
「暑いのに元気だね」
「ああー」

 手を大きく振ってまた小平太は走り出す。
 ちゃんと水分取りなよーと彼の背中に向かって言えば、笑い声に混じって「伊作みたいなことを言ってるなー」という声が聞こえてきた。曲がり角を曲がってしまったために小平太の姿は見えないが、まあ、小平太なら大丈夫だろう。
 
 小平太が行ってしまった後、涼しい教室に戻ろうと日陰を通って歩いていると、同じ委員会に所属している二郭くんを見つけた。
 彼はいくつもの袋を持って歩いている。暑いのに大丈夫かなと思いながら二郭くんに声を掛けると、彼は元気に挨拶をしてくれた。

「荷物沢山だね、手伝おうか?」
「有り難うございます。でも大丈夫です。部活の――手芸部で使うものなので。」
「ああ、二郭くん、手芸部に入ったって前言ってたもんね。そんなにいっぱい何を作るの?」
「文化祭の時の、演劇部の衣装です。中等部と高等部の手芸部が合同で衣装を作るので、結構ちゃんとしたものが出来上がるんですよ。カーテンコールの時には手芸部も舞台に上がるって先輩は言ってました」
「えっ、そうなんだ。初耳」
「はい。生徒ですら、手芸部の存在すら知らない人いますからねぇ。それに、部員の人数も少ないので、メインの人たちの衣装しか作れないんです」

 もう少し人がいたら良かったんですけどね、と二郭くんは肩をすくめる。

「でも、衣装を作るなんてすごいよ。友達が演劇部だから元々見る予定だったんだけど……衣装も楽しみに見る!!」
「はい!! じゃあぼくも頑張らなきゃ」

 暑い中、荷物を持った彼を引き止めて話すのは申し訳ないと思い、また委員会でね、と手を振って二郭くんと別れた。
 教室へ着き、自分の席で次の授業の準備をしていると、伊賀崎くんから連絡が届いていることに気が付く。


 名字先輩、紅茶の件ですが――
 丁寧な言葉が綴られている。その言葉の端々にこちらを気遣うような優しさが含まれているようで、なんだか少しだけくすぐったい。
 
 伊賀崎くんから貰った紅茶を私はとても気に入った。
 テスト期間中に茶葉が無くなってしまったため、どこで売っているのだろうと調べたところ、貰ったものは期間限定の商品だったことを知った。
 紅茶を売っているお店はそう遠くない場所にあり、微かな希望を胸に数日前、お店に行ったのだが既に売り切れていた。

 そんなこともあり、もし私に合いそうな紅茶があれば教えてほしいのだと伊賀崎くんに連絡をすれば、彼はそのお店で販売しているいくつかの茶葉の名前を教えてくれた。
 そういった質問は店員さんに聞くものだよね、と今更恥ずかしくなる。文句を言われても仕方がないようなことなのに、彼は何でもないように「紅茶、飲んでくれて有り難うございます。気に入ってもらえて嬉しいです」という言葉を最後に送ってきた。

 テスト期間もあって最近彼を見かけていない。高等部の生き物たちの世話は専ら竹谷くんが行っているらしく、彼が忙しなく高等部を動き回っている姿を見かける。
 伊賀崎くんにお礼を伝えれば、ちょっとしたやり取りは簡単に途絶えた。その短いやり取りに少しだけ物足りないような気持ちになってしまって、私は少しだけ恥ずかしくなった。

20170604

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