完結
 授業で耕している畑が森からやってきただろう動物に荒らされた。その侵入口を探し、用具委員に補修を頼んだのが一週間程前だったのだが、委員長の食満留三郎を含め用具委員はコツコツと作業を進め、確認出来た侵入口は全て元通りに出来たらしい。

「連日雨だったのに、すごいね」

 朝から雨に降られ、体育の授業もないのにジャージに着替えた後、ようやく自分の席に着くと留三郎から補修完了の報告を受けた。生物委員には既に伝えてあるらしく、えらく喜ばれたようだった。

「ちんたらやって何かあったら俺も気分良くないからな」
「でもいくつかそれっぽい場所があった訳でしょ、それを一週間で治すなんてさ」
「別に、俺が全てやったわけじゃないからなぁ。……にしても名前、タオル持ってないのか? 髪まだ濡れてんじゃねえか」
「あるよ、持ってきてる。今から使うトコ」

 念のためにとビニール袋に入れておいたタオルを鞄から取り出し、髪の水分を取るように丁寧に拭く。
 友達がドライヤーを貸してくれるようだし、彼女が部室から戻ってくるまでは濡れてしまった物を確認しておくことにした。
 ノートや教科書の上部が濡れていたが、思っていたよりは問題なさそうだ。良かったーと一安心しているうちに友達がドライヤーを持って教室に戻ってきた。

   ○

 昼休み――傘を無事処分することが出来たと連絡してくれた仙蔵に、何かお礼をしようと購買に行く途中、伊賀崎くんにも何か、と考えた。
 仙蔵は、部活終わりに軽く食べるものが欲しいと言っていたから蒸しパンだ。口の中がパサパサにならないし、大きさもちょうどいい。値段も手頃だから彼も気負わないだろう。
 じゃあ次は伊賀崎くんの、といろいろと見てみたが、彼が中等部の三年生で、生き物好きであること以外よく知らないことに気付く。購買に売っているもので何が好きなのか、苦手なのかなんて全く想像がつかない。
 どうしようかな。そう悩んでいた時、猫の顔が描かれたクッキーが目に入った。

 生き物が好きな男の子に猫のクッキーを渡すのって、いいのだろうか。
 けど、それ以上の物が思い浮かばなかった私はどうにでもなれという気持ちでその可愛らしいクッキーを買い、急いで中等部の校舎へ向かった。
 三年の教室がある階へ行けば、昔見た廊下の風景や、壁の色や汚れに懐かしさを感じた。
 高等部のジャージを着て中等部の校舎にいるのはあまりよくないだろうと思いながら、近くを歩いていた男の子に声を掛ければ、その子は驚いたような顔をして私を見る。ここに高等部の人間がいるとは思わなかったのだろう。

「あっ、はい。なんですか?」
「三年生に伊賀崎孫兵くんって男の子がいると思うんだけど、クラスわかる?」
「知らない先輩から声を掛けられる予習をしていれば良かった――ああ、はい。一組にいますよ。さっき教室にいたので、今行けば会えると思います」
「有り難う。助かりました」
「どういたしまして。……うーん、あとで数馬に――」

 考え事をしながら歩いていった男の子にもう一度お礼を言い、伊賀崎くんがいると教えてもらった一組へと急ぐ。
 一組の教室が見えた時、彼が教室から出てどこかへ向かおうとしているのを見た。

「い、伊賀崎くん!!」

 行ってしまうと焦り、思わず彼の名を呼ぶ。思った以上に声が大きく、廊下を歩いていた数人の生徒も私へと顔を向けた。恥ずかしくも、もう一度伊賀崎くんと名を言えば、驚いたような顔をして彼は私に駆け寄ってくれた。

「名字先輩、どうしたんですか?」
「えっと、今日傘に入れてもらったお礼に、良かったらと……」
「えっ?」

 猫のクッキーを差し出せば、彼は戸惑ったような顔をする。

「アレルギーとかあるのだったら、他の買ってくるよ。というかお礼としてやっぱり駄目だったかな」
「いいえ、違います。けど、ぼくはお礼をしてもらうようなことは――」
「でも、私伊賀崎くんがいなかったら風邪ひいてたかもしれないし」

 そう言うと、彼は「ぼくが勝手にやったんですよ」と困ったように笑った。
 困った顔をさせるつもりはなかったんだけどな、どうしようと思っていると、伊賀崎くんは「先輩は、やっぱり優しいんですね」と私からクッキーを受け取った。

「すみません。先輩がぼくのためにと選んでくださったものを受け取らないのは失礼ですね。大事に頂きます」
「ああ、うん」
「有り難うございます」

 少しだけ頭を下げて再び歩いていった彼の後ろ姿を見て、あんな中学三年生がこの世にいるのかと驚愕する。あれ、これ前にも似たようなこと思ったっけ。

 先輩である私の好意を無駄にしない彼の心遣いを有り難く思いながら、なんだか出来すぎた後輩にショックを受けている自分が情けない。
 空回りをしているような気もする。私、かっこわるすぎ。


 中等部の校舎を出た所で、ジャージ姿の池田くんを見つけた。
 声を掛けたら恥ずかしそうな顔をして頭を下げ、すぐ駆けていってしまった。けど、それを見て、いつもの池田くんだーと少し和んだ。

 教室に戻る前に仙蔵に蒸しパンを渡しに行こう。
 仙蔵にカッコイイ先輩になるにはどうしたらいいか尋ねてみようか。……ああ、でも呆れた顔で「もう遅い」と言われそうだから今日のところはやめておこう。

20170420

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