吹くからに秋の草木のしをるればむべ風を嵐といふらむ




「何処に居るんかと思ったら今度はこっちか」
「この前来たばっかなのにもう来たんですか。暇なんですか」
「お前みたいに暇やないわ、こちとら大忙しや」

 何もすることがなさすぎて、風が強いにもかかわらず、庭に植っている花でも見るか、なんて花に興味がある訳でもないのにウロウロしていたら、ついこの間ここにきたはずの男がまた訪ねてきた。

 どいつもこいつも、俺を暇人呼ばわりだなんて全く酷い。俺は効率よく作業して、削れるところは削って最短勤務に徹してるの。残業だなんて絶対に嫌だからね。いつかこれが社会問題になる時代がきっとくるはずだ。

「今度はなんの話?」
「この前の話の続きや」
「へぇ、ずいぶん話が進むの早くないですか」
「偉い奴らが関わるような話やないからな。言うならばこれは個人誌。依頼主の許可さえ取れれば、あとはもうお前の番や」

 そんな簡単に事が進むのか。よくある上に確認しに回ってるせいで、一日で終わるはずの話が一週間経ってもまだ動いてない、なんて馬鹿みたいな事態にはならないというのは良いな。

「で、俺はどうすれば?」
「どうもこうも選ぶだけや。決まりは何もない。ただお前が良いと思ったやつを好きなだけ選べ。一人何首でもええ」
「ルールが無さすぎるのも困りものだね」
「まぁな」

 お前には、ほんまはもっと大きいやつに関わらせてやりたいんやけどな、と少しだけ悲しそうな顔を向けられる。その気持ちだけで嬉しいですよと答えてみるが、向上心も出世欲も野望も持たない俺の言葉に気持ちなど篭っているはずもなく、それをも見透かしたような大きな瞳が、また悲しそうに細められた。

 周りは随分と俺を持ち上げる。もっと歌を詠め、詠まなくてもせめてそっちの方にもっと関われと。でも俺は別にそんなことは望んでない。いや、もっと言うと、望んでいたけれど今はなんとも思っていないの方が正しいのかもしれない。

 並のやつよりは実力があるのは自分でもわかっていた。けれど上には上ってもんがいる。俺は在原業平や紀貫之みたいな選ばれた天才にはなれない。別に一番じゃなきゃとか、頂点目指すとか、そんな野心に溢れている訳ではないけれど、中途半端にセンスがあって、中途半端にやろうとしても、たかが知れてるんじゃないかと諦めてしまったという方が正しいかもしれない。

 歌は好きだけど、別にそこまで執着して続けなくても良い。

 誰にも言ったことがないけど、きっとこの人は全部わかっている。わかった上であえてこうして俺に話を持ってくるから、そういうところが苦手なんだ。だけど有難いとも思う。つくづく俺という人間は、面倒くさい性格をしている。

「じゃあな。また何かあったらくるわ」
「やっぱ暇じゃん」
「あのなぁ、お前がなかなか結婚も何もせんから、俺もぐちぐち言われとんのやで。変なことばっか言っとらんで少しは何かやれや」
「顔もわからない女にどうやって恋をすればいいんですか」
「顔見せてもらえるように通うしかないやろ」
「嫌ですよ、姿の見れない女のところに通いまくるとか」
「仕方ないやん」
「そんな面倒な行程はいつか廃れるね。もっと自由な時代に生まれ変わりたいよ」
「来世のお前に期待やな。今は今や、もっとちゃんとし」

 それだけ言って今日もにこりともせずに去っていった。俺よりも少し低い背をしているのに、その存在感は圧倒的にでかい。あの人が言う言葉はズシンと心に沈んでくる。

 ヒュウと激しい音を立てて風が髪を揺らした。屋根がギシギシと鳴って、木々がザワザワと騒いでいる。傍らに咲いていた花が、今にも折れてしまいそうなくらいに地面すれすれで揺れていた。砂埃が舞って視界が途端に悪くなり目をつぶる。視覚を失ってより敏感になった聴覚が、唸るように響く風の音をより一層強く捕らえた。
 

吹くからに 秋の草木のしをるれば むべ山風を 嵐といふらむ


 山から強い秋風が吹くと、たちまち草木がしおれてしまう。だから激しい山風のことを「嵐」というのか。なんて、言葉巧みに駄洒落を歌った歌人もいたな。駄洒落は置いておいて、俺も言葉遊びは好きだ。雅か否かと言われればこの歌は判断し難いが、面白さと技術力は素晴らしいと思う。

 俺もこうやってもっと自由に歌えれば。上の命令を聞くことも無く、誰かを立てるためでも無く、自分の面倒な思考に囚われることも無く、心から楽しめれば。そこまで考えて、一体何を言っているんだと馬鹿らしくなった。

 頑張るのは明日からと大きなあくびを一つして、ぐっと伸びをした。やっぱり俺は、あの人みたいにちゃんとは生きられそうにない。


◆◆◆◆◆◆◆


「風強〜!!
「風邪ひいてまうわこんなん」

 ビュウビュウと吹き付ける秋風はもう大分冷たい。コートを着るにはまだ早いけれど、ジャージだと少し肌寒い微妙な今の季節。夏と冬の狭間。どちらかというと冬寄りの秋。もうすぐ紅葉が見頃となる。中間テストも終わって、大会も近いは近いけれどまだ僅かに時間のある、忙しさのピークから少しだけ外れた季節だ。

「明日急に休みとかついてないなぁ、バレーしたい」
「学校側の事情やて、仕方ないやん」

 明日は日曜日にもかかわらず部活がオフになってしまった。なってしまった、なんて言い方をしたが、俺にとっては少しありがたい。

 なんとなくこの時期は身体が怠く感じる。体も心も。気圧とかそういうものが原因なのかはよくわからないけれど、とにかくぼーっとすることが多くなる気がする。秋は疲れがたまりやすい季節だとも言うし、久しぶりに一日中寝るか。なんて呑気に考えていたら、「なぁ、角名も行こうや!」という元気な声に意識を引き戻された。

「行くってどこに」
「奈良!」
「はぁ? なんで急に?」
「お前全然話聞いてないやんか」

 せっかくの一日休みだし、日帰りでどっかに行きたい。けど大阪や神戸は人が多いしいつでも行けるし、この時期の京都は紅葉を求めた観光客で地獄級。この辺りで小旅行と呼べるくらいの距離で、そこそこの人の賑わいの場所。といったら奈良しかないらしい。

「どうしてそうなるの。侑とか楽しめるわけ?」
「ええやん鹿!」
「奈良とか中学ぶりやわ」
「鹿煎餅って食えるんかな」

 呑気な治に「それは腹壊すからやめとけ」と銀が突っ込む。なんで全員こんなに乗り気なんだ。修学旅行じゃあるまいし、男四人でわざわざそんな所に行かなくても。でもここで反対意見を言っても多数決で負け決定だから諦めた。それに俺は行かないと言っても、こいつらは聞かないだろう。

 どうやら一日中寝られる休日は無くなっちゃったみたいだ。部活がない日までこいつらといるなんて、疲れている体がさらに疲れるんじゃないか、なんて考えながらため息を吐いた。

 寒くなってきたとはいえ、その息はまだまだ白くはならない。乾燥した風が頬を流れていく。偏頭痛なのか頭が少しだけ痛む気がする。夏バテみたいな感じで秋バテなんてものもあるらしい。もしかしたらそれなのかもな。

 何も考えたくない。思考を真っ白にしたい。そんなことを思いながら家までの道のりを歩いた。

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