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早く、一秒でも早く解体しなければ。焦りに息が浅くなる。額の汗が鬱陶しい。今はタイマーが止まっているが、俺は知っている。もうすぐこの爆弾は再起動する。チカチカとその時の光景が視界に被る。嫌だ、俺は、絶対に、

「っ萩原! 落ち着け!」

松田の声にハッと我に返る。前回の記憶がある者同士、安否確認のために繋げていた電話だ。

「お前が優先しないといけないことは何だ。あいつの所に帰るんだろ」
「――ああ。ありがとな、松田」

俺が今日生きて帰れたら。運命を克服して生き残ることができたら。彼女に正式にプロポーズすると決めていた。だから彼女には家で待っていてほしいと伝えたのだ。とびきり美味しいケーキを作って待っていて、と。笑顔で頷いてくれた彼女の所に帰るんだ。
解体の最後の工程を終える。張りつめていた気が緩んで、そのまま後ろに腰を落とした。

「萩原さん!」
「あー、俺はいい、それ頼む」

班の奴らに後処理を任せて休ませてもらう。功労者なんだ、ちょっとぐらい良いだろ。ああでも、防護服を脱ぐのは手伝ってくれよ。面々を見渡して、こいつらも今日死んでしまうかもしれなかったことを意識する。俺が守ったのは自分の命だけじゃない。それがとても誇らしかった。



現場のマンションから地上に降りて、松田と合流した。
「おつかれさん」
「やったな」
「っ、ああ」

乱暴に肩を組まれてよろめくが、自然と笑みが零れた。こいつは俺が死ななくて心底ホッとして、また会えたことが嬉しくてたまらないのだろう。それは俺も同じだ。けれど、二人そろってそんなことを口に出すのは照れくさいのだ。馬鹿みたいに笑った。
ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱され、いてて、と顔を上げれば、親友の目尻にうっすらと滲むものがあった。
さっきまで居た階層のあたりを見上げる。前回、松田はこの場所から、俺が命を散らしたのを見ていたのだろう。
よかった。無事に爆弾が解体出来て。俺が生きていることを一緒に喜んでいる人がいて。俺のことを待っている人が居てくれて。

ふっと視線を地上に戻した時。
現場の規制線の遠く向こう、後姿。

彼女が、あの男と歩いているのを見てしまった。

「萩原?」
もう一度探すが、人ごみに紛れて見つけられなかった。

「……どうした?」
「今、……いや、なんでもない」

数十年想い続けた相手を、俺が見間違えるはずがない。それでも、自分の眼が信じられなかった。
うそだ、そんなはずはない。



後始末を済ませた頃には日が暮れていた。疲れの残る身体で足を動かす。
浮ついた気持ちは一切無くなっていて、あの一瞬の光景が何度も頭をよぎった。聞かなければ、確かめなければ。
部屋には明かりが灯っていた。震えそうな鍵を押さえつけて扉を開ける。

「きゃっ」

キッチンに走って見つけた彼女を後ろから抱きしめる。驚いた彼女は咄嗟にこちらを振り返る。恋人だということにホッとしてにこりと笑った。

「研二くん、おかえりなさい」
スープを温めていたコンロの火をカチリと止める。彼女の肩に顔を埋めて息をついた。

「……ただいま」

ああ、よかった、ちゃんと居てくれた。
それでも、安堵だけでは焦燥は拭いきれなかった。

「今日さ、誰かと会ったりした?」

声は震えていなかっただろうか。強く問い詰めたりせずに、なんでもないみたいに話せていただろうか。
数秒の沈黙の後、やっと彼女は口を開いた。

「……な、んで、そんなこと聞くの?」

ああ、待ってくれよ。どうして。疾しいことを聞かれたみたいな反応をするんだよ。
なんでもないみたいに話してほしかった。

「聞き方を変える。今日一緒に居たの、誰?」
「同じ高校だった人だよ」
「そいつと仲良かったんだね。知らなかった」
彼女に回していた腕を解き、身体を離す。

「たまたま会って少し話しただけ。黙ってたわけじゃ……」
「黙ってるつもりだったんだろ。現に今、ずっと言葉を探してる」

あいつだけは駄目なんだ。二度と会ってほしくなかった。また、前回のように奪われるかもしれない。前回のように、惹かれ合ってしまうのかもしれない。だってあいつは、前回の、彼女の夫だった男なのだから。

「言いたくなかったんだろ! 俺には!」

怒りに任せて振った腕に何かが当たった。机に載っていたそれは箱だった。彼女がいつもケーキを入れている箱が、床へ落下する。
ぐしゃ。
その音に、熱くなっていた頭が一気に冷えた。

「あ……」

彼女を見やれば、視線はケーキに釘付けにしたまま、震える拳を握り締めていた。

「……研二くんなんて、」

その続きを声にしようとしたが躊躇い、唇をぐっと噛んだ彼女はすぐに部屋から飛び出して行った。



「……は、」
足音が遠ざかり、俺はその場にへたりこんだ。
俺はまたやってしまったのか。他でもない彼女を疑って傷付けた。前のようにケーキが崩れた。また、繰り返すのか。
……大嫌いと言葉にすることを躊躇うくらいには、以前とは積み上げてきた時間も密度も違う。それだけは救いだったのかもしれない。けれど、彼女は出て行ってしまった。全てを拒絶された時のことが重なり、もう動けない。
俺はずっと、昔に囚われている。



ポケットに入れていた電話が震え、のろのろと取り出し通話ボタンを押す。
「なんだよ、松田」
「っおい! あいつは、今そこにいるんだよな!?」
「っ、たく、突然なんだって……」

大声量が耳を刺し、今話題にされたくなかった彼女のことを出されて電話を一瞬遠ざける。

「答えろ!」
「……出て行った。だからここにはいねぇよ」
「…………は? っ、なら、今すぐに追って連れ戻せ! 早く!」

焦りを含んだ親友の声に、何かが起こっているのだと理解しやっと腰を上げる。
ああクソ、なんで今まで忘れてたんだ、と松田が吐き捨てているのが聞こえた。

「今日は、あいつの命日なんだよ!!」

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