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未練はもちろん沢山あった。 電話先の松田は無事か、周囲にいた処理班の皆は俺同様巻き込まれてしまったか、両親は、姉貴は…… ぐるぐる回る思考の中。生きている間に残した大きな未練はたった一つ、幼なじみのその人のことだった。 こんな風に死んでしまうくらいなら、一度くらい連絡を取っておけば良かった。
前回の年末、実家に帰省した時に小耳に挟んだ。あの子が結婚して家を出たと。式に参列した友人から写真を見せてもらった。幸せそうに笑う彼女の隣、誰よりも幸運で憎くて羨ましい男の顔を目にしたのはこの時だった。 あの子が他の男と結ばれていると知ってしまったから、彼女の幸せを願うことしか出来なかった。 でも、こんな風に死んでしまうなら、彼女が結婚していても想いを伝えておけばよかった。許してほしいなんて言わない。幼なじみの萩原研二という昔の傷を一度くらい思い出して欲しかった。
爆弾によって死んだはずの俺が目を覚ますと、大好きな幼なじみに嫌われる直前まで時が戻っていた。 今ならきっと間に合う。だってまだケーキは崩れていない。 彼女を傷付けないだけでなく、ずっと隣にいてもらうことだって出来るのかもしれない。白いドレスの彼女が、他でもない俺の隣で笑ってくれたなら…… きっと俺は11月7日の明日を生きていける。
幼なじみの彼女を射止めるためにはまず、下がってしまった俺に対する好感度を上げなければならない。 意図的に避けたり意地悪をしたりなど幼い俺の行動のせいで、彼女との間には距離が出来てしまった。今の俺は子どもの萩原研二と死んだ萩原研二の意識が混ざっている状態だ。だから自分があの子にしたことを、昨日のことのよう、どころか実際に昨日の事として思い出せる。 今日だって俺に意地悪をされた彼女は泣きそうな顔になっていた。仔細については深堀したくない。俺が罪悪感と羞恥で死にたくなる。 そんなことがあっても俺の誕生日だからとあの子はケーキを作ってくれていたんだ。 綺麗なケーキを初めて見た俺は泣きそうになっていた。 ひっくり返ってぐしゃぐしゃになったケーキは、本当ならこんなに素敵な形をしていたのか。 ホールケーキの円は幸せの形をしているのだという。幸せを皆で分けて食べるのだと。手作りらしく輪郭が少しガタついているけれどご愛嬌だ。 とびきりおいしいケーキの味も、どさくさ紛れに奪った唇の甘さも、きっと一生忘れない。
まだチャンスはある、そう考えた俺はひとまずあの子の元へ頻繁に通うことにした。ザイオンス効果といって、何度も顔を合わせる相手に好意を抱くようになるという心理現象だ。 ……俺が会いに行った時の戸惑った表情に変化が表れるまで、いったいどれほどの時間がかかるかわからない。本当なら嫌われてしまうはずだったのだから。 けれど、今は一歩一歩進んでいくしかない。以前と違って、これから二人で過ごせる時間はたくさんあるのだから。 戻る
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