れーくんの好きな人 2


結局その後、彼にまた会えるまで数日かかった。私が妊娠しているため、処置と検査の手数が増えたのだろう。

検査を全て終えてやっと眠り、目を覚ましたられーくんがいた。いつかの逆だ。
昨日から寝ていないのか隈がある。ちゃんと眠っていないなら今日はキスは無しだよ。相変わらず私がいないと眠れないの。

「ねえさん、なまえ、なまえっ……」

ほっとしたように笑いながらぐしゃりと表情をゆがめる。何度も私の名前を呼んで。

「ごめんなさい、ひどいことしてごめんなさい。いっぱい傷つけて苦しめて、自分のことばかりでごめんなさい。でもねえさんじゃないと嫌なんだ。貴女のことが好きなんだ。初恋、だから」

手を握って指先に口付けた。愛おしいものに触れるように頬を撫でる。

「初恋だった。ずっと忘れられなかった。自分のものになってくれて嬉しかった。でも同時に、僕のことを甥じゃなくて男として思ってくれているのかわからなくて苦しかった。僕を遺した負い目だけで一緒にいてくれているんじゃないかって。行かないでって言ってほしかった。僕のことを求めてほしかった。僕はこんなに焦がれているのに、なまえは同じように思ってくれてないみたいで苦しかった」

行かないでと言ってしまっても良かったの。

「一緒にいてくれるより、帰ってきてくれることの方が大事だったの。私は帰って来れなかったから。れーくんを遺してしまったから」

私が死ぬ前、いったいどれほど長く一緒の時間を過ごしただろう。けれど私は死んで、『またね』を果たせなかった。生まれ変わってから彼の家で帰りを待って、おかえりなさい、今度はちゃんとここにいるよ、と迎えてあげられるようになった。だからそれだけでよかった。

「負い目があったのも事実だよ。私のことを忘れられなくなってるれーくんを支えられるのはもう私しかいなかった」

最初は恋じゃなかった。彼を支えられると思うと嬉しかった。彼の幸せが私の幸せで、全部私のためにしていたことだった。

「零が私のことを忘れて、全部が耐えられなくなった」

れーくんの記憶が無くなって辛かった。苦しかった、悲しかった。

「……何で忘れたの。ひどいよ。いやだよ。私にはれーくんだけが全てなのに。私をこんなふうにしたのはれーくんなのに。零の全部が欲しくなったのに全部失ったみたいだった」

だから逃げてしまいたかったの。子を守るためなんて建前でしかなかった。それに何より、取り返しのつかないほど私を傷つけたら、れーくんの記憶が戻った時にれーくんが傷つくでしょう。それは私が嫌だった。
れーくんの望みを叶えることが私の望みで、れーくんが幸せになることが私の幸せで、だから私は今まで……それなのに、私を忘れたれーくんを見て、全てが分からなくなった、拒絶されて頭が真っ白になって、これ以上傷つきたくなくて逃げ出した。

「なに笑ってるの」
「そうやって気持ちをぶつけてくれるほど、僕のことが本当に好きなんだってわかって嬉しいんだよ。僕のこと、ずっと子どもとしてしか見てくれなかったのに」
「だって子どもだったもの」

中高生はまだ子どもだ。それは変えられない。
あの頃の私はれーくんを幸せにする自信がなかった。だから、生まれ変わってれーくんと再会した時に咄嗟に逃げてしまった。私はここに居てはいけないと思った。……あぁ、あの時私の命を救ってくれたのはれーくんだった。

「甥とキスなんかできないって、本当?」
「……そうだよ」

唇を重ねられて、窺うように目を合わせてくる。拒否されないことを確かめるように。

「たくさんわがままを聞いてもらって、僕の願いばかり叶えてもらって。そんな貴女のために、何ができるのかわからないんだ」

握られていた手に、硬いものが触れる。薬指にはめられたのは、私たちの結婚指輪だった。

「なにもいらない、なんて言えなくなっちゃった。だって私、昔よりずっと欲張りになったから」

もう置いて逝かないとは約束できない。だって私はれーくんがいないと生きていけないから、叶うなら先に死にたい。でも、もう二度とれーくんを悲しませたくない。だから、零が私を守ってよ。

「愛してるよ、零」
「僕も、愛してる。ずっと傍にいて」

当然でしょう? 私はあなたが生きる様を見届けるために生まれてきたのだから。

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