れーくんの好きな人 エピローグ


近くに民家がほとんどない山の中。自然が多く見晴らしのいい場所にある墓地に私たちはやって来た。
私の実家の、……降谷のお墓だ。前世の両親はもう他界している。私の遺骨とともに、ここに眠っている。

墓前に手を合わせ、両親も過去の私も弔ってから立ち上がる。

「なまえ?」

名前を呼ばれた。振り返った先には車椅子に乗った男性と、その車椅子を押している女性。面影は、まだ残っていた。
隣を見上げれば、彼は薄く笑っていた。

「黙っててごめんね」

そっと背中を押される。私はその人に向かって駆け出した。

「兄さん!!」

降谷零の実の父であり、私の――前世の私の兄だった。

「零が、久しぶりに連絡を寄越したと思ったら……本当に、お前なのか」
「兄さん、私だよ。義姉さんも、……また会えるなんて」

車椅子を押しているのは兄の妻だ。車椅子……脚を悪くしたのか。そうか、もう兄は七十を過ぎているはずだ。若い頃に身体を鍛えていたからといって、それがいつまでも続くわけではない。過ぎ去った年月を嫌でも突きつけられた。

「兄さん、ごめんなさい」

零がまだ小さい頃、兄に苦言を呈されたことがあった。零と離れたくなかった私は反発してしまったけれど。兄が心配していたのは息子の将来だけでなく、あの時既に身体を壊しかけていた私のことだった。仕事に打ち込み、プライベートをれーくんと過ごし、空いた僅かな時間すら、コネクションを増やすために走り回っていた私に眠る時間はなかった。私が死ぬきっかけになったあの爆弾事件がなかったとしても、きっと遅かれ早かれ早死にしていたはずだ。あの時の私は、そんなことも頭になかったのだ。




駆けだした彼女の背を見送る。
一度だって、彼女は父たちと連絡を取ろうとはしなかった。僕さえいればいいと証明しようとするかのように。でも、僕は知っていた。彼女が家族を大切に想っていること。だから、彼女に家族を切り捨てさせたままでいたくなかった。……そりゃ、彼女が僕だけでいいと言ってくれるのは嬉しいけど。というか二人とも距離が近すぎないか。兄と妹とはいえ僕からしたら妻と他の男に変わりはない。でも再会の邪魔をするのも、と抱き合う二人を見ながら悶々としてしまう。
涙ながらに言葉を交わし、ふいに彼女がハッと顔を上げこちらを見た。

「お義父さん! 息子さんを私にください!」

いっ……たい何を言い出すんだこの人は! 確かに僕の両親に結婚の挨拶なんてしてなかったし、早めに言っておかないとと焦ってしまったのかもしれないけれど! これまで何があったかとかゆっくりと話をしてから話そうと思っていたというか、いや、そもそも僕はずっと貴女のものだ!
僕の心情も知らずに二人は見つめ合う。そうか、と父は呟いて、彼女の頭を粗雑に撫でた。僕は彼女の傍に寄り、ぐしゃぐしゃになった髪の毛をすいて整える。

「零の気持ちに応える覚悟をしたんだな」
「うん、私が、零と一緒にいたいの」

お前は零のためならと無理をしていたから、その献身で身を滅ぼさないか気が気じゃなかった。そう言われた彼女は照れ臭そうに頬をかいた。後でもっと詳しく聞かせてほしい。

「息子を、幸せにしてやってくれ」
「っ――はい」

それは僕が彼女を幸せにすると宣言するところじゃないのかと問えば、私はれーくんがいれば幸せだから変わんないよと返された。

「もう籍は入れてるのか、ドレスは着たのか?」
「写真撮ったから後で見ようね兄さん」
「妹を泣かせてないだろうな、息子とはいえ許さんぞ」

二人きりで閉じた世界にいた僕たちは、もうすぐ新しい家族を迎えることになる。そのことを父に話したら殴られるかもしれないな。口々に言葉を交わしながら帰路につく。

誰よりも好きな人と手を繋いで歩き出した。

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