あれから十年以上の月日が経ち、私は社会人になった。
幼い頃にたった一度見た夢の内容は当然薄れ、あのお兄さんの顔も声も名前すら思い出せない。
けれど、ひとつだけ鮮明に残っているものがある。それは唇の感触だった。
おかげで男性とお付き合いしても長く続かない。唇を重ねた瞬間に『この人じゃない、違う』と感じてしまうのだ。当然ベッドインなど夢のまた夢。
あれ以来一度も逢えたことはないのに、記憶すらほとんど薄れてしまったのに。私は大人になった今でも、あのお兄さんのことを求めていた。



目が覚めたら真っ白な部屋だった。ものすごいデジャブ。
私はこの部屋を知っている。そうだ、あのときもこんな風に夢の中で。
ベッドから身体を起こす。━━隣には、小さな男の子が横たわっていた。

部屋を調べてみても、あの日お兄さんに教えてもらった以上のことはわからない。記憶が少しずつ蘇る。そう、確か、ベッドの上の天井に………………。
『3回キスしないと出られない部屋』……
あの日お兄さんが頭を抱えていた理由がわかってしまった。私も今まさに同じ状態になっているからだ。
キス……この男の子と!? 見たところ小学生低学年、ショタだ。ロリショタはノータッチであるべきだ。発育に悪いってか私がブタ箱行きだ。非常にまずい。幼い私は大変なことをお兄さんに強いていたことを理解した。ここから出るためとはいえ、よくお兄さんは私にキスしてくれたな。

「おねえさん、だれ?」

もぞり、と後ろで身動ぎする音がした。ぎく、と身体が震え、ゆっくりと後ろを振り返る。男の子が起きたようだ。

「こほん、……こんにちは、はじめまして」

ささっと身形と髪を整えて、男の子に挨拶をする。不安だろう男の子を安心させるため、優しい笑顔を心掛けながら名乗る。
男の子の名前は、萩原研二といった。……あ、お兄さん、と、同じ名前……?
記憶が少しずつ浮き上がってくる。名前が同じ、垂れた目尻が、面影があるような……?
もし同一人物だとしたら、あのときと同じ部屋に同じ人物とお互い同じくらいの歳の頃で……?
ああ訳がわからなくなってきた。まあでもあのときもただの夢だった。年齢がおかしいことも考えるだけ無駄かもしれない。

研二くんの緊張を解くためにいろんな話をした。先日一緒に旅行をした友人のこと。今度新しくできる店のメンバーに選ばれたこと。好きな甘いものを作れる今の仕事が好きなこと。

「君のことも知りたいな」

そう言えば研二くんもいろんなことを話してくれた。
もうすぐ2年生になること。友達と秘密基地を作ったこと。工作が好きなこと。運動会で一位になったこと。好きな食べ物のこと。ぼくも甘いものが好きだよ、と。
無邪気な姿に、緊張が解けたのは私の方だったかもしれない。自然と笑みがこぼれた。

「……今何時なんだろう?」

ふと首をかしげた研二くん。彼も現状を思い出したのだろう。

「……ここから出る方法を教えてあげる」

研二くんを肩車……は少し難しそうだったので、両腕で抱き上げて天井の文字を見せた。
研二くんの唇が、きす、と呟く。

ここを出るために、萩原さんがそうするしかないと思ったのなら、きっと今の私もそうするしかないのだろう。だから、研二くんが私とキスができるように、緊張を解いて取り入って、誘導した。

「いいよ、なまえさんなら」

ぼく、だれにもいわないよ。ふたりだけのひみつだね。
研二くんは私を安心させるために笑って見せる。なんていじらしい子だろうか。
こんな悪い大人につかまってしまうなんて。

「これは夢だから、ファーストキスだと思わなくていいからね」

膝の上に座らせた研二くんにキスをする。
……ああ、そうだ、これだ。
他の誰とキスをしても『違う』としか感じられなかった唇が。

「……ん」

研二くんと唇を重ねて、『この人だ』と感じることができた。間違いなく、萩原さんと同一人物だと理解した。
やわらかな髪をさらりとすくように撫でる。くすぐったそうに目を細めた研二くんの、後頭部に手をやり引き寄せるように唇を重ねた。

もっと触れたい。
小学生相手にそんなことを考えてしまうなんて、私、そんな趣味あったのかなぁ。
研二くんをベッドに寝かせて、その上に覆い被さる。

舌を絡ませたら驚かせてしまうだろうか? いいや駄目だ、この部屋で『許可』されているのは3回キスすることだけ。萩原さんだって、私にキスしかしてくれなかったじゃないか。
研二くんの唇を甘く感じて、触れていた自分の唇を舐めてみたらやっぱり甘かった。
私が内側に熱を持っていることが研二くんにバレてしまったら、怖がらせてしまうだろうか。
少し赤くなって緊張した様子の研二くんに、3回目のキスをした。


目が覚めたら自分の部屋だった。
隣には誰も寝ていない。
唇が甘い気がした。

「……現実じゃ会えないよなぁ」

キスをしたら、きっとわかると思うんだけど。

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