ヘタレはまだ告白できていないがパンツを買った


わーうわうわう!! と床に突っ伏して全力で泣き喚き叫んだ彼女は、ノーパンのまま突然スッと静かになった。
泣き疲れて寝たな。言動からするに、疲れは泣いたせいだけじゃないみたいだけど。
仕事終わりで直接ここに来たという彼女はスーツ姿だ。眠るにはキツそうなのでボタンを外して弛める。決して下心は無い。無いったら無い。
床の上で寝かせておくわけにもいかないので彼女の部屋に運ぶ。こんな時のための合鍵だ。同じベッドで隣に寝れるような男だったらパンツを盗んだりなんかしてない。抱えあげたときに素足に触れてしまったのは不可抗力だ。だって自分からストッキング脱いじゃったんだよこの子。ていうかこの、スカートの、中は、ノーパンで……ん"ん"っやめよう。
涙の痕を濡れたタオルで軽く拭って、ベッドに寝かせて自室に戻ってきた。皺になってしまうからスーツは脱がせてハンガーにかけたが、スカートまでは触れなかった。
結局その夜は、目の前にある脱ぎたての下着と、彼女の生足を思い出して三回抜いた。多分まだなまえの襲撃に錯乱してたんだと思う。


翌朝、なまえは朝食を食べに部屋に来た。お風呂に入ってから来たのか、ふわりと石鹸の香りがした。トーストに蜂蜜を塗ってのんびりと食べている。
「昨日は、ごめん。盗んだりとか、その」
「言った」
「っえ?」
「買うって言ったでしょ。だから今日買いにいくよ。休みって言ってたよね研二」

トーストを食べ終わり指についた蜂蜜をぺろり。そんな仕草に目を奪われてしまう。

「欲しいんでしょ?」
「う、ん。欲しい……」

俺はパンツじゃなくて君が欲しいよ、と言える勇気があったら良かったんだけど。


彼女行きつけのランジェリーショップ。色とりどりの下着が並ぶ棚に、なまえは脇目も振らず突き進む。サイズを確認してから数枚手に取り押し付けてきた。

「これとこれとこれ。研二は? どれがいいの?」
「えっ早っ、って俺?」
「もともとブラとセットのやつなの。自分で買ったものくらい覚えてるよ。で、研二が欲しいのはどれなの?」

自分が欲しいものくらい自分で持ってよ、と言われてしまい大人しく抱える。女の子用のパンツ持ってるのめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。恋人と買い物に来たように見えてんのかな、とか浮き足立ってた気持ちが霧散した。「あ、ついでに新作も」と上からブラとショーツのセットも追加された。
彼女に穿いてもらうなら、と白のレースがあしらわれた下着をチョイスした。左右にリボンが付いてたから多分ほどけるやつ。正直透けそうな感じが決め手だった。言わないけど。
ふーん、と頷いたなまえは同じものをもう1枚と、対になっているブラも購入した。

「Tバックくらい持ってくるかと思った」
「うっ!」
「友達はね、彼氏に、パール? がついてるやつ穿かされたんだって。さすがにここには売ってないけどねぇ」

本当はTバックともめちゃくちゃ迷ったけど! あまりにもあからさまだし刺激が強すぎるから除外した。ていうか友達の彼氏良い趣味しすぎてない!? ガチのセクシーランジェリーじゃないかそれ。

「研二、こっち」
「わっ、なになになに!?」

ショッパーを手に店を出ると、人のいない裏道から路地裏へぐいぐいと引き込まれた。言わずもがな荷物持ちは俺である。

「そこに立って」

きょろきょろと回りに人が来ないことを確認してから壁を背に立たされる。
何だろう、もしや罵詈雑言でも浴びせられるのか、と肩をすくめた瞬間、なまえは自身のスカートの裾に両手を入れ、下着を引き下ろした。

「え、えええぇぇぇぇっ!?」
「ん、静かにしてよ……人が来たらどうすんの」

昨夜同様スカートのせいで、いや違うスカートのおかげでその下までは見えなかった。顔を両手で覆って視界を塞ぐ。や、でも指の間から見ちゃうよね? あっ今日は水色だ……。
彼女は俺の肩を掴んでバランスを取りながら、片足ずつパンツを抜き取る。踵が引っ掛かったのか僅かにもたついて、身体を寄せられて支えにされる。距離が、近い、っていうかやわらか……。

「はい、どーぞ」
「ぅえっ?」
「? 買ったから、パンツ、いるんでしょ?」

眼前に掲げられたそれを思わず受け取ってしまう。やっぱり脱ぎたては体温が残っていて生々しい。
俺が受け取ってからなまえは俺の腕に提げたショッパーをごそごそと漁り、先ほど買ったばかりの下着を取り出す。しかも俺が選んだやつ。
タグを外して、おもむろにそれを穿いた。

「はい、これでいい?」
「ちょっ……と!! なまえ!! 駄目だから!! こんなことしちゃダメ!!」

ぴらり、と証拠とでも言うようにスカートを捲って見せてくるものだから全力で下ろさせた。正直起ったけど!

「ていうか俺、パンツが欲しいわけじゃないから!」
「……? いらないの?」
「いるけどっ!」

いらないって言ったら嘘になる。そうじゃなくて!

「本当に欲しいのは中身だから!」

俺なりに勇気を出して言ってみたつもりだったが、なまえはまったく要領を得ていない様子。首を傾げている。

「うん……? じゃあなんで今日ついてきたの? パンツ欲しいからじゃないの?」
「浪漫だから! 自分が選んだ下着を女の子に穿いてもらうのって男の浪漫だから!!」
「んん? だからこれ」
「捲らないの! こらっ!」




「まず誤解を解かせて。俺そういう特殊な性癖じゃない」
「えっ違うの? 女性の使用済み下着に興奮する人間じゃないの?」
「最後まで聞いて。あのさ、プレゼントの包装紙とリボンだけ欲しい人がいると思う?」
「……いるんじゃない? 最近の可愛いし」
「違うそうじゃなくて、本当に欲しい物は包装紙を外した中に入ってるものじゃん? 包装紙とリボンはついでじゃん? わかる?」
「ラッピングも本気でやってる人に失礼だよ」
「あ"ーっもー! ごめん! 例え話するものじゃないよね! だから俺は!!」
「研二は?」
「う"っ……」

場所を移して喫茶店。食事を終えてデザートを食べながら話をする。しかし俺の抽象的な言葉では全く伝わらないし、勢いに任せてぶちまける勇気もない。頭を抱えていると、パフェを食べ終えたのかなまえが立ち上がった。

「研二、今日の用事済んだよね? 帰ろ」
「えっ……うん」

まるで話を聞く気が失せたかのような彼女の行動にサッと血の気が引く。気付いたら会計は済まされていたし「新作買ってもらったから」と食事代は受け取ってくれなかった。

悶々としたままマンションに帰り着く。
何も言わずに自分の部屋に帰るかと思いきや、俺の後ろについて一緒に部屋に入ってきた。

「え、どうしたの?」
「今日、研二のしたいことに付き合ったから、今度は私の言うこと聞いて」

なまえの買い物に付き合わされていると思っていたが、彼女にとっては俺の趣味に振り回されていることになっていたらしい。「昨日あんなことがあってできなかったから」と言われて何も言えなくなったが。

「慰めて」

ぎゅ、と抱き付かれた勢いのまま背中からベッドに倒れる。
爆散するかと思った。

「仕事が辛くて帰ってきたら幼なじみに下着を盗まれてて傷ついた私を慰めて」
「う"っ……それはほんとごめん」

慰めるって文字通りの意味で良いのかな!? と宙を泳いでいた両手はなまえの背中と頭に落ち着いた。よしよしと髪を撫でる。

「痴漢されて泣きそうだったところに幼なじみにオカズにされてた私を慰めて」
「ごめんって……勘弁して……っていうか昨日も言ってたけど痴漢って」
「それ言ったら上書きしてくれんの? 私が触られたとこ」

ぱっと身体を起こされて見下ろされる。彼女に抱き付かれてベッドに寝転がった状態から彼女が身を起こしたら、俺が押し倒されてるみたいな体勢になる。
上書きって、それはつまり痴漢が触ったところと同じ場所を触るってことで。

「私が上書きしてってお願いしたら、触ってくれる?」
「……それ、は」

いつもだったら俺の意思など関係なく命令してくるのに、今のなまえはそれをしない。
俺にそんな度胸は無いとたかを括っているのか、いや、たぶんこれは。……彼女は結構こたえているらしい。女性であるなまえが知りもしない相手に加害されるのは耐え難いことのはずだ。そこに追い討ちをかけたのが俺か。

「君がお願いしたからじゃなくて、俺より先に知らない奴が君に触ったのが許せないから上書きさせてほしい」
「……ん、及第点」

そう呟いてぽすりと頭を肩口に寄せてきた。
もしかしなくとも俺の気持ちはバレているのかもしれない。

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