陣平とのなれそめとあれそれ


「好きだ」
帰ろうと席を立とうとしたら、腕を掴まれてそう言われた。途端に、教室内は阿鼻叫喚。主に女子の悲鳴。
「ああ、うん? よろしくお願いします?」
私がそう言うと、今度は男子たちの悲鳴で教室内が混乱の渦になった。私にもよくわからないんだけど。
目の前にいるのはここ1ヶ月ほどで喋るようになったクラスメイト。松田陣平がガッツポーズして天を仰いでいた。

それからお付き合いらしきものが始まったが、進展は無かった。亀もびっくりするほどの歩みだった。原因はたぶん、彼が奥手すぎること。
松田陣平という人は一見オラオラ系というか、良く言えば行動力のあるタイプ、悪く言えば口より先に手が出るような男だと思われがちだ。それも間違っていないかもしれないけれど、どうやら本命にはガツガツといけないタイプらしい。あっ本命って私か。照れるじゃないか、よせやい。
放課後、一緒に帰ろうにも家は逆方向。委員会であまりにも暗い時間に帰ることになった時に、一度だけ送ってもらったことがある。心配してくれているとわかったから、断らなかった。本当は父に送迎を頼むこともできたのだけど。
教室で会ったら挨拶をしたり、でも昼食は各自の友人と共にして、帰るときにまた挨拶を交わす。普段はただのクラスメイトとかわりない。
あれ、私って彼女だったっけ? と思い始めたタイミングで夏祭りに誘われた。うんうん、彼氏彼女っぽい。

浴衣をリクエストされたので着て行ったら、彼も浴衣だった。男子の和装好きって話知ってたっけ? びっくりするほど似合っていて感心してしまった。黒髪が好きだなあ。後で聞いたら友人から聞いていたらしい。よくやった友よ。
人を縫うように前を歩く陣平。その背に隠れるようについて行きながら、はぐれそうになったときだけ陣平の浴衣の袖を握った。陣平は口を抑えていたから人酔いでもしていたのかもしれない。
一通り飲み食いして、花火を見て、帰った。まあ何も無かった。気付けば手すら握ってなかった。二人で出掛けただけ進展だと言える。

結局、初めてキスしたのは随分と後のことだった。高校を卒業して、一人暮らしを始めた私の部屋。その頃には何度か手を繋ぐくらいはするようになっていた。
触れて、離して。
私の様子を伺いながら、拒絶しないのを見てもう一度口付けてきた。
内心それなりに驚いた。もしかしたら一生こんなふれあいが無いかもしれない、と思うくらいに関係に進展が無かったから。
だからちょっと悪戯をしてみたくなったのだ。
閉じた唇を割り、舌を入れた。感覚としては、ちょっと舐めた、程度。テクニックまでは知らないし。
陣平はそれだけで面白いぐらい肩を跳ねさせて、目を白黒させて肩を掴み引き剥がしてきた。
「おま、どこでこんな」
「え、高校のときの先輩?」
「は、」
軟派な先輩に軽率に奪われたファーストキスは、人生経験として刻まれている。まあそんなこともあるだろう。
あっ、こういうのって言ってよかったのかな?
気づいても時既に遅し。陣平の寄る眉に、機嫌が急降下しているのが見てとれた。
「……これを許したのかよ」
「別に断る理由もなかったし」
でも今は断る理由が目の前にいる。その先輩に迫られるようなことはあの後一度も無かったけど。

俯いた陣平に首をかしげると、突然後頭部に手が回された。引き寄せられて唇がぶつかる。
「いっ、ん」
すぐに差し込まれた舌は鉄の味を帯びていた。先程の勢いで陣平の唇が切れてしまったのだろう。
お互いに息が続かなくなり唇が離れる。息をつく唇にはやっぱり血が滲んでいた。
腕を引かれてベッドに投げられる。それくらい乱暴に倒された。
「ちょっと、待っ……」
「俺のだってわからせてやる」
悔しげな陣平の声が唇に響いた。


「ふ、……っ、う」
服は全て剥ぎ取られ、身体を陣平の手が這う。鬱血痕が至るところに散り、また一つ増やされた。
スウェットの上だけ脱いだ陣平の肌が、私の肌に触れている。陣平とこれほど生々しい接触をしたのは初めてだ。陣平とのキスだってさっきが初めてだったのに。
「っや、だ。陣平、待って……!」
「んだよ、俺相手は嫌ってか」
「ちが……っ」
「っ、顔、隠すな」
私の胸元から顔を上げた陣平に、目元を押さえていた手を取られる。手首を掴まれて、ベッドに縫い付けられた。力の差は歴然で、振り払おうとしてもびくともしない。
「……っ! なんで、お前……泣いてんだ」
「う、……うぅ〜〜〜〜っ」
みっともない泣き顔を晒してしまうことになり、いやいやと首を振る。
「だって、じんぺい怒ってるし、やめてって、待ってって言ってるのに聞いてくれないし、……っ、」
震えた腕を抑えられていてすがりつくこともできずにぎゅっと目をつぶる。
「こわ、い……」
「は……?」
陣平の手が緩み、解放された手の甲で涙を拭う。
「……まさか、したことないのか」
目元を覆ったまま、ぐっと頷く。
は、と陣平の息が一瞬止まる。大きく溜め息をつきながら脱力し、私の肩に顔を伏せていた。
「お前、全部流されて誰かにあげてるのかと思った」
怖がらせたな、悪かった。そう呟いて、陣平は私を抱き締める。背に回った腕を潰さないように上半身を浮かせた。
「そりゃ最初は、半分くらい流れで陣平と付き合ったけど」
私も陣平を抱き締める。
「今はちゃんと陣平のこと好きだよ? 」
突然引き剥がされて目を合わせられた。目を見開いた陣平の驚いた顔。
「……初めて聞いた」
「言ってなかった?」
「聞いてねえよ」
何だよ知ってたらもっと早く、とか陣平はぶつぶつと何事か呟き、頭を掻いている。
私はその頬を両手で包んで唇を重ねた。
「続き、する?」
「……大丈夫かよ」
「ん、もう陣平怒ってないし。ちょっと心の準備を」
すー、はー、と数回深呼吸をしてから、よし、と呟いてもう一度陣平にキスをする。
「優しくしてね?」
「りょーかい、お嬢サマ」

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