飲み会の後で陣平といちゃいちゃする


「……あれ、来てたの? っていうか、待ってたの」
飲み会から帰った私を迎えたのは、この部屋の合鍵を持っている彼氏の陣平だった。
現在深夜2時。部屋の明かりがついていると思ったら、陣平がソファの上で微睡んでいた。テーブルの上にはお酒の缶が数本転がっていたので、陣平も飲んでいたのだろう。
「……随分遅かったな」
「そう? 朝までカラオケに行かなかっただけ、早い方だよ」
仮にも彼氏のいる身、朝帰りなんて不信を買うような行動はすべきでないと思う。
鞄をテーブルに置いたら、陣平に腕を引かれた。
「どうしたの?」
「燻されてきたのか? 煙くせぇ」
「……ああ」
近付いた顔のすぐそばで眉を寄せた陣平。言われて自分の服を嗅いでみれば確かに煙の匂いが染み付いていた。煙草の煙の漂う居酒屋に居ればもちろんそうなるだろう。私自身が喫煙者でなくてもだ。
ちゃっちゃとお風呂で流してこよう、と脱衣所へ向かおうとしたが、陣平が腕を離してくれない。なんだろう、と顔を覗き込むと、不満そうに口を尖らせていた。
「俺には外で吸えって言うくせに」
そりゃあ居酒屋と非喫煙者の自室では訳が違う。陣平には付き合う前から、私の部屋で吸いたくなったらベランダでね、と言ってある。煙の臭いは家具や衣類に染み付くのだ。
……と、正論を述べて納得するような状態ではないのだろうな。不満、というより、うーん。つまりは、拗ねているのだろう。
彼女が飲みから帰ってきたら、自分のものじゃない煙草の匂いが染み付いていた。それが嫌なのだろうな。ああ、もしかしたら傍で煙草を吸うのを許す男と居た、なんてことまで考えてるかもしれない。
私が浮気なんかするわけがないことはたぶん陣平もわかっていて、だから言及もしない。けどやっぱり嫌、と、そんな感じだろうか。
ふむ、と少し考えて、陣平の顎を掴んでこちらを向かせる。
「ぅん!?」
驚いた陣平の声も飲み込んで、唇を重ねた。
ソファに座った陣平と、その横で屈んでいる私の位置関係は私の方が上だ。
何かで聞いたことがある。相手に攻撃するなら、上から下へ。つまりは上の方が有利なのだ。
塞いだ口を開かせて、一頻り粘膜を擦り合わせる。陣平の口内は私よりアルコールの味が強かった。
これほど距離が近いのに、陣平の煙草の香りがしない。私に染み付いた匂いに鼻がなれてしまったからだろう。
唇を離すときに舌で陣平の下唇を舐めあげると、陣平は我に帰ったように目を瞬いた。
「な、おま、はぁっ?」
「お酒以外の味、しなかったでしょ」
もし、私が浮気をしていたとして。相手が煙草を吸うならば、その人とキスをした私の口も煙草の味がするのだろう。陣平の苦い舌みたいに。
陣平以外とキスなんかしないよ、と言外に告げたのは伝わっただろうか。
お風呂入ってくるね、とソファに陣平を置いたまま踵を返した。

お気に入りの香りの良いシャンプーで、髪にまで染み付いた煙草の匂いを洗い流した。
気分良く浴室から出る。髪を拭きながら脱衣所を見回せば、ドライヤーが消えていた。
「こっち来い」
犯人は案の定陣平だ。ドライヤーを握った陣平に手招きされて、カーペットの上、陣平の足の間に腰を下ろす。髪を揺らしながら温風で乾かされた。風の音の隙間から、鼻唄が聞こえる気がする。ご機嫌か。
「……うし、」
さらさらに乾いた髪を一房掬いとられ、キスするみたいに陣平の顔に寄せられた。すん、と確かめるように息を吸われる。きっと、燻されたような煙の臭いはもうしないのだろう。満足そうに笑みを浮かべていた。

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