小ネタいろいろ ねえさんと友人たりえた灰原哀の話


灰原哀に友人が増えた。
その人は同級生でありながらも少年探偵団に入ることはなく、けれどその面々とつるむようになっていた。安室透と非常に仲のいいその人に灰原哀も初めは警戒していたが、少年探偵団の無邪気な子らと屈託なく関わる姿に心配無さそうだと判断した。精神年齢は自身と同じくらいかもしれないということにも少しだけ親近感を覚えた。

兎も角、まだ心を許したわけではないがどんな人なのか知りたい。そう思っていたある日の出来事だった。

「あなたと一緒に帰りたいの、駄目かしら?」
何が好き? どこに住んでるの? いつも何して過ごしてるの?
川に渡された橋の上を歩きながら、どんな問いにも嫌な顔ひとつせず答えてくれる。その内容の八割は一人の男を思いながらの言葉だったが。
二人で歩く放課後の帰り道に理解を深めていく。探偵が一度疑ったような薬で縮んだ被害者ではないようだった。そのことに少しだけ安堵する。
吉田さんから聞いたんだけど、とても大切な子がいるの?
そう問えば、待ってましたと言わんばかりに目が輝いた。そしていそいそと、ランドセルに下がったパスケースから写真を取り出す。
曰く、とても大好きで大切な親戚の子なのだと。
その手に握られた写真の赤子をよく見ようと覗き込んだ時だった。

「あっ」

橋の上に強い風が吹いて思わず目を閉じる。びゅう、と吹いた風は写真を奪い空高く舞いあげてしまった。
その子の手が写真を追う。大きな川に渡された橋の上。落としてしまえば二度と探すことは出来ないだろう。
声を上げる間も無かった。
橋の柵のような欄干に駆け上がり、彼女は写真を手にしていた。そのまま、向こう側へ落ちていく。

「ちょっと、嘘でしょ!?」

ドボン、と水に落ちた音が聞こえた。晴れが続いて流れは早くないが大きい川、きっと足はつかない深さだ。咄嗟に助けに行こうとして気付く。……橋の柵の淵に手が届かない。
小学生の身長で欄干を越えることはできない。はっと見ればさっきまで彼女がいた場所にランドセルが落ちていた。靴の跡ひとつ残して。
あの一瞬でランドセルを踏み台にする判断までしていたことに唖然とする。

「くそっ」

悪態が聞こえたかと思えば川に飛び込む影が見えた。スーツ姿で眼鏡をかけた短髪の男。東都水族館で見たことのある、警察官だ。
続いた水の音にはっとして下を覗き込むと、既に彼女は男の腕の中にいた。川岸へ泳ぐ男を見てすぐに自身も下流へ走った。


肩で息をする二人は川砂の上でへたり込んでいる。
彼女の手に握られた写真はほとんど濡れていなかった。それを守るために、水面より上へと懸命に腕を掲げていたのだろうか。

「っな、にしてるのよ!」

飛び降りるなんて、死んだらどうするの、あなた大事な子がいるって言ってたじゃない──
思わず荒らげた声は、「だって、」と彼女の反論に息を止められた。

「れーくんの写真だもん」

その笑みは、つい先程その男のことを語っていた時のものと同じだ。ふにゃりと眦を下げ、あまりにも幸せそうで。

それを見た灰原哀と風見裕也は、理解せざるを得なかった。理解出来なかった。
彼女は、たった一人の人間のために全てを棄てられる。あまりにも大きすぎるその存在に比べれば、自分自身など塵芥に過ぎないのだと。
そしてその考えは、いつか二人とも不幸にする──誰かが、もしくは大切なその人自身が、彼女のことを大切に思っていることが勘定に入っていないのだから。

放ってはいけないと思ってしまったのが運の尽きだった。この先、元の身体に戻ってすらも続く友人関係になるなんて、出逢った時は思いもしなかった。

「……ハ、ァ……とりあえず、あの人への説明は、自分でしてくれ……」

防水の携帯端末が先程から懐で何度も震えていた。

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