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松田と再会した。とは言っても同じ小学校だし、前回仲良くなったのも同じくらいの時期だったので当然だ。しかし何よりも驚いたのは、松田も前回の記憶があるという事だ。 顔を合わせた瞬間、ぶん殴られた。勝手に死にやがって、そう吐き捨てられて松田も記憶があるとわかったのだ。 俺が死んだ後に松田がどうしていたのかはついぞ語られなかった。けれど、そう遠くない時期に死んだらしい。まあ、そういう仕事をしていたからな。この東都で生きているだけでも事件に巻き込まれるリスクは高い。
「他に記憶がある奴はいるのか?」 「いんや、誰も」
周囲にはいない。けれど、ふと頭をよぎったのは警察学校時代の仲間たちだ。まだ彼等と出会うのは先だが、……記憶が無ければいい、と思う。逆行した俺たち二人の共通点はあまりいいものでは無い。
「そういえば俺、念願叶ったんだよ」 「は?」 「話したことあるだろ、ずっと好きだった子の話」
「おい、お前」 「え?」 「ちょっと来い」
他のクラスの男子に呼び止められて、わけも分からぬまま腕を引かれた。えっと、誰? 横顔に見覚えがある。確か前回、研二くんと仲良くしていたはずだ。松田くん、だったはず。仲違いした後のことだったから、私は彼についてほとんど知らない。
校舎の端のあまり使われない外階段まで連れられた。
「誰だ」萩原のまわりにお前みたいなやつはいなかったはずだ、前回は。お前だけが違う。 「誰だよお前、なんであいつの傍にいる? 前はいなかった」
頭ごなしに問い詰められてカッと血が上る。気付けば叫ぶように言い返していた。
「なんで、なんて私だってわかんないよ!前と違う事が起こってるの…」
私は前のままで良かったはずだった。前のように成るはずだった。受け入れられないはずの現状を甘受している。以前より今の方が、なんて認めてしまうのはまだ怖い。
「……お前も?」 「……え?」
彼はさっき何と言っただろうか。”前は”? それは私が思っている意味と同じなのだろうか。
「松田くんも、過去に戻ってきたの?」 「っああ」
身を乗り出す勢いで問う私に、驚いた顔の彼は詰まり気味の声で肯定した。初めて、同じ逆行者に出会った。
「名前、知ってたんだな」 「あ、私は……」 「知ってる。萩原がお前のことばっか喋ってるから」 「ハハ……」
変なこと聞かされてないかちょっと怖いな。
「……さっきは悪かった」
気まずそうに頭をかいている。
「前の小中のとき、萩原とほとんど接点無かったろ? 変だと思って、つい……」 「あの時は、ケンカ……ううん、絶交してたから」 「ん?あ……あ? そんな話をしてたような…」 なんで忘れてたんだ?ともぞもそ呟いている。
「松田くん、お願いがあるの。私が逆行してること、研二くんには言わないで」 「え? なんで」 「……あんまり、前のことを知られたくないから」
ケーキがひっくり返ってしまったこと。彼に大嫌いって言ったこと。 それに何より、今、好きと言ってくれている彼ではなく、別の人と結婚したこと。 今の無垢な彼は知らない方がいい。きっと傷ついてしまう。不用意に傷付ける必要なんか無い。
「……ふうん」
こちらをじっと見つめてからため息を付いた。
「心配しなくても勝手に言ったりしねぇよ」
頭にぽん、と手がのる。私が前のことを口にしたくないのを、察してくれたのだろう。悪い人ではないようだ。いや、親友の周囲に妙な人間が居たら食ってかかるのだから、情に厚い人なのだろう。
「……なあ。お前、逆行する直前のこと覚えてるか?」
考え込む仕草をした松田くんが問い掛けてきた瞬間、頭が真っ白になった。
「え……? ……っ!!」
痛い、頭が痛い!!何も考えられない、何も思い出せない、なんで、くるしい、胸が痛い、
「おいっ! どうしたんだよ!!」
松田くんの声が、ぐわんぐわんと遠くで鳴っている。大きな声。違う。立っていられず耳を塞いでうずくまる。 痛いのはなに、おなか、だってあのとき、もういないのに。考えちゃいけない、思い出さないで、せっかく戻ってきたのに!
「なまえちゃん大丈夫!?」 「けん、じくん」
すっと痛みが引いた。うずくまっていた身体は研二くんが支えてくれていた。
「……何があったの?」 「わかんない……でも、もう大丈夫みたい」
私の返答に、研二くんは松田くんに視線を投げた。松田くんは静かに首を振った。よかった、研二くんには秘密にするって約束したもんね。
「てか萩原、お前はどうしたんだよ」
本当だ、彼はどうしてこんなところに?
「だって……二人がケンカしてるって聞いたから」
もじもじと目を逸らしている。 つい声を荒らげてしまったりしたけれど、そう伝わってしまったのか。
「心配かけてごめんね、もう仲直りしたから大丈夫だよ」
研二くんは私の言葉に安心した顔をしてから、ハッとして松田くんを振り返った。
「松田! 念のため言っとくけど、この子はやらないからな!」 「え」 「……とったりしねーよ。お前も知ってんだろ」 「そうだけどさぁ……」
「なあ、お前、俺と会ったことあるか?」 「え? なかったはずだけど」 「その顔、どこかで……」 「同じ学校なんだから見たことくらいあるだろ。ほら松田離れろ」 「あ、おい萩原、……いや、いい。後で話す」
教室へ戻る親友とその幼なじみの後ろを歩きながら、首を捻った。 彼女と接点はほとんど無かった。同じ学校という程度で印象に残っているはずもない。もっと、ずっと後。 たしか、新聞で。
「……あたまいてぇ」
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