余計な一言

居心地が悪くて、ヒサナは鬼灯の袖口を指先で緩く掴んでついて歩く。
肉じゃがと蟹味噌汁定食を二つと頼んだ鬼灯の背中に、食堂中の視線が集中する。
そんな視線を気にも止めない鬼灯は、腕を組んで定食が上がるのを配膳口で待っていた。

「しゃんとなさいよ。仮にも私の鬼火でしょう」

こちらを見向きもせずに背越しに指摘され、うっと息を詰まらせてヒサナは袖を離した。
行き場をなくした手を下ろし、ぎゅうっと着物を掴む。
確かにそうだが、誰のお陰でこんな肩身が狭い思いをしていると思っているのか。

鬼灯の部屋から出たいと思ったこともないが、出たくなかった訳でもない。
盂蘭盆祭りに連れられた時も、人目は別に向いていたので気になることもなかった。
白澤の元へ単身出掛けた際も、見向きもされなかった。
しかし今はどうだろうか。歩けば十中八九誰もが振り返り、注目を浴びる。

鬼火時代も山奥で過ごしていたので、こんな境遇は慣れてはいない。
ヒサナは俯いた顔が未だ上げられず、じっと足元の草履を見つめていた。

「貴女が食べたいと言ったんですよ?ヒサナさん」

じろりと鬼灯に睨まれ、確かに言いましたけどとぼそぼそ口ごもる。
そうこうしているうちに、お待ちどう様と並べられた二つのお盆を、鬼灯は自分の分だけ掴んでさっさと歩みだしたので、ヒサナも慌てて自分の定食を手に小走りで後を追った。
味噌の良い香りに顔をあげそうになるが、周囲は見たくない。しかし一人で歩くには顔を上げなければならない。
ヒサナは肩を竦めた上目遣いで回りに注意しながら、鬼灯の正面の席についた。
鬼灯の定位置、テレビの前のテーブルである。

「鬼灯様はストレートすぎなんです…」
「回りくどいのは嫌いです。どうせ言うのならハッキリ言いましょうよ」

歯に衣着せぬ物言いは今に始まった事ではないが、自分自身にもありのまま正直に話すのだと、今朝思い知ったばかりだ。

思い出すだけで鬼火だけに正に顔から火が出そうになる。
正面で気にせず箸を進める鬼灯を見ておれず、ヒサナは美味しそうな定食も喉を通らず恨めしそうにテレビの画面を見た。
液晶画面には閻魔殿の正面が映し出されており、門は閉じたまま。
あぁ、今朝ここに行ったばかりだと、手持ち無沙汰に湯飲みに口をつけ見ていれば、テロップにはVTRと記されていた。
ごった返す人々は野次馬かと思いきやよく見れば報道陣だったそれがざわついた途端、開いた門には鬼灯が立っていた。

「あー!!」
「座って食べなさい」

人目も気にせず立ち上がり絶叫するが、回りになど構っていられる筈がなかった。
見たことがある光景の筈だ。
今朝の、鬼灯に引きずられて出ていったまさにその現場ではないか。
ヒサナは急いでテレビの電源に手を伸ばすが、直ぐ様その手は鬼灯につかまれ阻まれた。

「公共の場のテレビを独占するのはどうかと思いますよ?」
「鬼灯様だってCSに切り替えて世界なんちゃら見てるじゃないですか!」

それがどうしたと言わんばかりに手を押し返され、テレビを見ながら箸を進める鬼灯は有無を言わさずこの放送を見せる気だ。
結末を知っている内容のテレビを誰が好き好んで見ると言うのか。
居ないだろう普通。再放送なら見るらしいが、なぜ一度見たものを再び放送するのだろうか。
わからない。

朝生中継が既にあったとしても、この場にはまだ見てない人もいるかもしれない。その証拠に、何事かとテレビに目をやる人が多い。

「器物破損は地獄でも犯罪ですよ」
「…ちっ」

どうすれば見ないですむか、その結論に至り鬼火を灯そうとするが見破られる。
鬼灯様だって壊してるじゃないですかとは言い返さずに、ヒサナは最終手段と席を立とうとした。

「どちらへ?」
「…どこへでも。この放送が終わるまでぶらぶらしにいきます」
「ほぉ…行ってらっしゃい」
「止めないんですか?」
「止めてほしいんですか?」

電源を落とすことも壊すことも阻んだ鬼灯が呆気ないなとヒサナが首をかしげつつも席を立ち背を向ければ、鬼灯は付け合わせの沢庵をパリパリと咀嚼しながらテレビを眺めた。

「この放送を見た報道陣ならず他の方までもが、貴女が一人でのこのこ歩いてる姿を見たらどうするでしょうねぇ」
「…何が言いたいんですか」
「いえ、週刊誌では今日付けでしたが、報道では恐らく昨日から取り上げられている旬の話題。何故貴女が未だ質問攻めに合わないのか、よく考えてごらんなさいな」

確かに。
週刊誌を見てからどころか、恐らく会見以降からだろう。
無数の視線を感じつつも声をかけられることは一度もなかった。
どういう事かと食い付かれそうな事だが、何故だろうと鬼灯を見下ろした瞬間答えが出て思考が停止する。

そういえば、私はずっと鬼灯様と行動を共にしている。
常日頃そうなので別段気にならなかったが、片時も目の前の鬼神が自分の側を離れなかったからではないか?
皆聞きたいことは山程有るだろう。
それでも鬼灯が目を光らせているところに、誰が踏み込んでこれるだろうか。
一人で歩いていたならば、格好の餌食となっていただろう。

大人しく椅子に戻ったヒサナを見て、小さく息をつくと鬼灯は口に運んだ味噌汁の器を傾げる。
ヒサナもせっかく作ってもらった定食を粗末にするわけにもいかず、渋々箸をつけ出した。

小さく切って口に放り込んだ肉じゃがのほっこりしたジャガイモの美味しさに驚いて頬を綻ばせたが、見ないようにしていたテレビの音声が嫌でも耳に届いて、ヒサナは現実に引き戻された。

『鬼灯様!ヒサナさんとキスをされていたのは何故ですか!』
『彼女は鬼火ですから、私の中に戻るにはその方法しか現在のところないんです』
『それだけですか?女性とキスなさるなら下心も多少あるんじゃないですか?』
『多少どころか大アリですが何か』
『ヒサナさんとはもうお付き合いを…?』
『私の気持ちは伝えてあるんですけどね。残念ながら彼女の返事はまだ貰ってないんですよ』
『!…それは鬼灯様の方が想いを寄せていらっしゃると言うことですか!』
『相思相愛だと良いんですけどねぇ』

容赦なく流れる音声にヒサナは耳を塞ぐも、その声は完全に遮断されることはない。
今すぐ発信源である坦々と喋るその口を塞ぎにかかりたいが、それは今朝の私とて同じこと。
努力はしているが、テレビの向こうのヒサナもそう手を伸ばすが、肩をつかまれどんなに手を伸ばそうと鬼灯には届かない。
その様を成し遂げた鬼灯を忌々しそうに睨みながら、ヒサナは味噌汁を喉に流した。

「悪趣味…!ドS補佐官!」
「至極正直に答えたと思いますが。私はSではありません」
「ウソつき」
「心外ですね。偽りをいつ申し上げたと言うんですか。言ってみて下さいよヒサナさん」

鬼灯は本心から口にしてるからこそ更にたちが悪い。
口で言い負かされれるのは目に見えているので一刻も早く立ち去りたいと、閻魔殿の入り口から逃げる口実に食堂へ行きたいと言ってここへ来たのだが、早く完食しなければと定食を黙々と食べ進む。

離れたいのに、離れた途端質問攻めに合うだろうから結局離れられないだろう。
ヒサナは似たようなことを前にも考えたと、遠い昔のように考えながら蟹の足を噛み砕いた。

「すげー!ヒサナさんだ!」

場の空気を一切読まない、間の抜けた声にヒサナは辺りを見回す。
姿が見えずキョロキョロと走らせた目線の下方に揺れる白い物を目に止め、ヒサナは椅子の横を見下ろすと真っ白い犬が目を輝かせてヒサナを見ていた。
確か名前は、

「シロさん?」
「すげー!ねぇねぇ聞いた柿助!オレの名前知ってるって!」
「お前の方がスゲーよ…。普通声かけるか今…っ!」

確かにこの空気の場に切り込んできたシロはかなりの兵である。
騒ぐ二匹に気がついた鬼灯も、完食したお皿を重ねてテーブルの下を覗き込んだ。

「ヒサナさんは私の中に居ましたから、私と面識のある方の事はご存知だと思いますよ」
「はー…じゃあ報道の鬼灯様の鬼火って言うのは本当なんだね!オレ気付かなかったよ!」
「気付かれるようなヘマはしませんよ」
「したくせに…」

ぼそりと呟いたヒサナの一言を聞き逃さなかった鬼灯に『何です?』と片手で両頬を鷲掴みにされたが、何でもないですとそれ以上喧嘩は売らずに別の話題を探した。

「そ…そう言えば地獄門の一件の時、シロさん達は残ってもらったってルリオさんが言ってましたがどちらにいらしたんですか?」
「あ、オレね、地獄門の入口側に出されちゃったから中にいなかったんだ。でもすごいことになってたんだってね!見たかったなぁ〜」
「お前ホントよくそんな事本人の前で言えるよなぁ」

呆れる柿助に何が?と理解してないシロが首を傾げるが、鬼灯は構いませんよと然して気にも止めず茶を啜るので、柿助は安堵のため息をついた。

「あっ!ヒサナさんヒサナさん!オレ気になる事があるんだけど聞いてもいい?」
「何ですかシロさん」

さっきからコロコロとよく思い付くものだと、騒ぐシロにほんのり癒され手を伸ばして頭を撫でてやれば、シロは嬉しそうに尻尾をふってヒサナを見上げた。

「テレビでやってたけどさ、ヒサナさんは鬼灯様の事好きじゃないの?」

まさかの質問に手を止め固まったヒサナを見て、バカと柿助がシロを小突くが口をついてしまったものはもう遅い。
鬼灯も面白いのか、ただ黙って成り行きを見守っているので助け船は出ないどころか、食堂の客と同じように答えを聞きたい側だろう。
耳をすまされ、食器の音一つしない静寂に包まれた食堂内でヒサナは顔を真っ赤にさせ視線を泳がせるが、たどり着いたのは問題のテレビで、そこには同じ報道内容のまま白澤が映っていた。

『白澤様、因縁の相手だと言われている鬼灯様の今回の報道、ご覧になりましたよね』
『見たもなにも関係者だからそりゃね』
『女性好きとして、鬼灯様とキスをされているヒサナさんは鬼灯様の事をどう思ってると見ますか?』
『迷ってるならいっそ奴の事を嫌って僕のところに来てくれれば良いのになと思うけどね。キスなら僕もヒサナちゃんにしたことあ』

そこで映像は途切れた。
というか、そこでテレビの役目は終わりを告げた。
映像を写し出さなくなった液晶は無惨にも歪み、フレームは上部が粉々に砕けている。

「頬の癖に…」

何を張り合っているんだ。
その突っ込みはなんとか飲み込んで、テーブルに片足を上げ、テレビに金棒を降り下ろした鬼灯をひきつった笑顔でヒサナは見上げた。
シロと柿助も驚いており微動だにしない。
食堂の客は我関せずと他所を見るもの、急いで完食しそそくさと立ち去るものが多い。

「鬼灯様、それ器物破損じゃないですか…!」
「おやうっかり」
「うっかりじゃなくて…」
「手が滑りました」

新調しましょうと足を着物の中へ直して立ち上がった鬼灯は、今度はヒサナの空いた食器も手に歩き出したので、ヒサナも未だ固まるシロと柿助に会釈をすると鬼灯の後を追った。

「行くんですか?白澤さんのところへ」

ヒサナの顔も見ずに、仏頂面で食器を返す鬼灯を手伝いながらヒサナは一瞬なんと事かと眉根を寄せるが、思い当たるのは先程のテレビの内容かと小さく笑う。

「…行きませんよ。私は鬼灯様の鬼火ですから」

想いは未だ掴めずにいるが、それだけはどちらに転ぼうとも確かだ。
そう告げると、鬼灯はなんとも言えない顔をしたままヒサナの頭を抱き寄せた。

20140920

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