執行猶予

地獄門の一件から記者会見の準備と休む暇どころか仕事をする間もなかった為、ヒサナは会見後戻されることもなくそのまま鬼灯の執務室に連行され、机に向かわされていた。

「さてヒサナさん。昨日五道転輪王の所から戻ってから私が見ていた片付けたい書類の処理の仕方、覚えてますよねぇ?」
「……そう言えば見てましたね…大分うろ覚えですが」
「ではそちらはお願いしますね。私は滞らせてしまった裁判の記録を明日までに覚えないといけませんので」
「私はちゃんと覚えてないって言ってるのに…!」

聞く耳持たず巻物を広げ始めた鬼灯の背を怨めしそうに見ながら、チュンとの乱闘の後に呼び出されなかったのはこの為かと、ヒサナは渋々ペンを手に取り机に向かう。
しかし書類を手に取れば、見た途端何をすべきか思い起こされるのだからよくできている。

「そういえばチュンさんは?」

判を押そうと思ったら書類に誤りがあったので、要確認の上再提出するようメモを張り付けながらヒサナはふと途中で別れたチュンの事を思い出した。

「彼女は五道転輪殿へ帰りましたよ」
「いいんですか帰って」
「五道転輪王の補佐官ですよ?仕事を放棄出来るわけないじゃないですか」
「それはわかりますけど…止める役は?」
「呼ぶ予定もありませんが、私が悪鬼に堕ちた場合すぐ要請してもらえるよう手配してあります。どうせ地獄で亡者が逃げたとか暴れたとか、知らせを受けてから私も赴くので大差ないでしょう」
「成る程…って言っていいんですかね?」

他愛ない話も時々交えながら、処理した書類を鬼灯に流す。
ヒサナはそのまま共に翌朝を迎えた。

何度瞼を擦っただろうか。
ヒサナの眠気は限界だったが、増幅した怨念を多少自力で押さえられるようになった鬼灯は鬼のまま、ヒサナが出ていても睡魔に耐性もあるようで平然としていた。

「…ずるい」
「ヒサナさん?」

粗方片付けた書類を机のはしに追いやり、空けたスペースに突っ伏した。
鬼灯が大丈夫になったのなら、自分だって耐性がついてもいいんじゃないかと思ったが、そもそも別の存在なのだから無理な話か。

「ちょっと寝かして…」
「私の中に戻るのではなく?」

首をかしげた鬼灯を薄目で見ていたが、確かにとヒサナは首を起こした。
言われて見れば。
そうだ寝る必要はない。彼の中に還ればいいのだ。
重たい体を起こして鬼灯の方にフラフラと近寄れば、椅子に腰かけたままの鬼灯が体ごとヒサナに向き直し見上げた。

「ここまで手伝っていただけたらとりあえず今日は大丈夫です。ありがとうございました」
「…今日はってことはまだ呼ぶつもりですか」
「呼ぶも何も、私は怪我の功名によりお陰さまで鬼で在るままヒサナさんを呼び出せるようになりました。出来れば貴女がいつまで現化し耐えうるのか、私はヒサナさんを出したままいつまで怨念を押さえられるのか等、試したい事は山積みですよ」
「そんな無茶…まだ酷使されるんですか鬼ー」
「ですから、鬼ですってば」

そう言って膝裏に腕を回されたものだからヒサナがバランスを取ろうと目の前の鬼灯の肩に手をつけば、そのまま強引に膝をおる形で鬼灯の膝の上に抱えられた。

「ぎゃーなんですか!」
「色気もへったくれもない悲鳴上げないで下さいよ」

顔が近くて腕を突っ張って距離を取ろうとするが、膝裏から背に腕を回されたので然程変化はでない。

あまり目にする機会のない、自分を見上げてくる鬼灯の姿に居た堪れず目のやり場に困っていると、鬼灯は真っ直ぐにヒサナを見つめたま口を開いた。

「私はね、貴女とどこまで共に在れるのか知りたいんですよヒサナ」

真っ赤になった顔を見られまいと俯くも、鬼灯によく見せてしまうだけだったので慌てて上を向いた。

「もう遅いですけど?」
「…鬼灯様が変なこと言うから!」
「変な事なんて言ってませんよ。本心です」

首まで赤いですよ、と伸ばした首筋に鼻を掠められたので驚いて腕を突っぱねたらそのまま椅子もろとも後ろへ倒れてしまった。

衝撃に備えて目を瞑ったが、強かに背を打ち付けなかったのは鬼灯が加減して倒してくれたからであって、それは彼がわざと一緒に倒れてきた事を示していた。
金棒を片手で振り回す鬼が、女一人バランス崩したぐらいで支えられないわけがないじゃないか。

背中に腕をはさんでひんやりとした床の感覚と、体にかかる重みに恐る恐る目を開けると、高い天井を背に鬼灯がヒサナの体をまたいで見下ろしていた。
正に押し倒してるような体制だった。

「……っ!!」
「おや、良い眺めですね」
「何にも良い眺めじゃないです退いてくださいほんとお願いしますしんじゃう!」
「何故?」
「何故って心臓が―――」

ドキドキして破裂しそう、と口にしようとしてはたと口をつぐむ。
なんだそれは。それではまるで―――

『鬼灯様って結構女性に人気ありますよね。あの長身に眉目秀麗文武両道。性格は遊び心も満載ですが根本的に真面目で仕事もできますし…一般的な理想の平均値軽く振り切ってるとは思いますよ』

何故こんな時に以前極楽満月で聞いた桃太郎の言葉を思い出すのか。
睫毛長いなぁとか思ってしまったではないか。
すっぽりと私は鬼灯様の影に収まっていて、私と全然体格も違う。
顔の横につき伸ばされた腕も長く、今は袖で見えないが時折覗くそれは私の細っこい腕とは似ても似つかない、ガッチリとした腕をしていたはずだ。

『ドキドキするなら、自分が気づいてなくても可能性はあるんじゃないの?』

笑った白澤の顔を思い出して慌てて首を降る。
ドキドキしているのか私は。
鬼灯様に。

「心臓、が?」

鬼灯が体勢を変えぬまま続きを促すので、ヒサナは軽く歯を噛み締めてから口を開く。

「―――心臓が鬼灯様の重さで圧死します」
「…なんですかそれ」

まさかそんな。
この動悸は急に後ろに倒れてビックリして驚いてるだけかもしれない。
顔が赤いってそりゃ異性の顔が近ければ誰だってそうなるだろう。

「私の愛の重さですか?」
「断じてないです。それより…早く退いてぇー」

鬼灯の顔をこれ以上見ていられず、ヒサナは腕で顔を覆った。
なんだこれは。これではまるで、

好きみたいじゃないか。鬼灯様の事が。

かもしれない発言のままなあなあで過ごしてきたが、そう言えば自覚させてやるとか何だとか鬼灯が言っていたような気がするとヒサナは思い返す。
事が終息してきたので、鬼灯に余裕が出てきたのだろうか。

「言った筈なんですけどねぇ、『しっかり自覚させてやりますから、覚悟して下さい』と」

だからなんでこういうとき思考を的中させてくるのかこの鬼神は。
誰か何とかしてくれないかと両手で顔を覆うが、退いてくれる気配は微塵もない。

しばらくヒサナの小さなうなり声だけが部屋に微かに響いていたが、背にした床が振動し始めている事に気がつきヒサナは手を退けた。

「…地震?」

地から聞こえるその音は、徐々に大きくなっている。
鬼灯もその振動に気付いたようで、目線を横に流して舌打ちをした。
音は更に大きくなったかと思うと、バタンと執務室の扉が勢いよく開いた。

「鬼灯君居る?!」
「空気読め騒々しい」

扉を開いて慌てた様子で現れたのは閻魔大王だった。
先の振動は、巨体から伴う大王の足音。
鬼灯にはわかっていたようで、ものすごい形相で扉が開く前から睨み付けていたので閻魔大王が鬼灯に一瞬怯むが、室内の光景に目を点にさせた。

「アレ?お取り込み中?」
「そうですよだから消えろ」
「ヒドイ鬼灯君!」
「違うんです事故です決して故意ではないんです!ので、何の用でしょうか閻魔大王様!」

これ幸いとヒサナは無理矢理身を起こすと、鬼灯はつまらなそうに身を引いた。

「そうだ!鬼灯君にこれ知らせようと思って…見た?」
「仕事してたのでまだ何も。なんです?」

面倒くさそうに立ち上がった鬼灯は閻魔大王が持っていた雑誌を受け取り、折り目がついているページをめくる。
ヒサナも衣服を整えながら鬼灯の隣から誌面を覗いたが、そのまま鬼灯から雑誌を引ったくってしまった。

「わーっ?!!」
「今更私から隠しても、それ週刊誌ですし、もう書店にならんで人目についてますよ」
「こんな…こんな…!」

背に隠し、少しくしゃくしゃになった雑誌を震える手で恐る恐る広げる。
そこには数ページに渡り昨日の会見の特集が組まれていた。
問題は、その特集のタイトルである。

『閻魔大王第一補佐官鬼神鬼灯。愛人は鬼火!人目を気にせず大胆にもキス?!』

目眩がするかと思った。
そんな見出しと共に、でかでかと悪鬼に堕ちた鬼灯を抑える為に五道転輪殿で口付けた鬼灯とヒサナの映像の写真が載っていた。
地獄門の一件なんて詳細と対策がちょろっと端に書いてあるだけで、殆どは鬼灯とヒサナに関する記事。
どこで調べてきたのか盂蘭盆祭りの時にヒサナを見かけた鬼のインタビューまで載っている。
昨日の会見から僅か一日にも関わらず、記事を完成させて発行するのは記者の信念、はたまた意地か質問を満足に出来なかった腹いせか。

「なんでこっち…」
「やっと出ましたか。翌日とは案外遅かったですね」
「鬼灯様なんで…!」
「言ったでしょう?貴女との関係を露見してもいいと。そして世は男女のゴシップを好むものです。実際本題はこんな隅に追いやられて、私とヒサナさんの事にすり変わっているでしょう?メディアの力はスゴいですよ。地獄門の一件なんて無かったかのように、皆さんこの話題に食い付くでしょうねぇ」

やられた。
ここまで見越した上で会見を開いたのかこの鬼神は。
自身の隠蔽に只利用されたのか。それとも関係の露見と事件の風化、この二つを狙った上で、この結果を望んだ本心か。
一体どれが彼の本音かなんて全く解らない。

「とにかく、閻魔殿の前がね、報道陣が押し寄せてきてて大変なんだよ〜。鬼灯君、なんとかしてよ!」
「わかりました。散らしてきます」

机に立て掛けていた金棒を担いで、自ら赴く鬼灯を呆気に取られながらヒサナは見送るが、貴女も来るんですよと鬼灯に腕を引かれた。

ヒサナは引きずられながら、丸めた雑談をぎゅうっと抱きしめる。
ドキドキは別のドキドキに変わり、眠気なんて疾うに吹き飛んでいた。

20140914

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