後片付け

「お初にお目にかかります閻魔大王様。第一補佐官鬼神鬼灯が鬼火、ヒサナと申します」
「きちんと挨拶をなさるのはいいと思いますが、そんな畏まらなくて大丈夫ですよヒサナさん。初めてでもないですし」

閻魔殿に戻ったヒサナは、まず一番に閻魔大王の御前で頭を垂れ挨拶をするが、隣に立つ鬼神に腕を掴まれ立たされてしまった。

「う…でもご挨拶が遅れましたし、先程少しだけお会いしましたけど慌ただしい中でしたし…」
「鬼灯君、別に間違ってないんだから指摘しなくても…」
「敬わまれる存在でありたかったら仕事しろってんですよ」

貫禄も何もあったもんじゃないと睨まれ、閻魔大王は慌てて巻物を手に取り『仕事をしている風』を装ってからヒサナを見下ろした。

「さっき会ったねヒサナさん。白澤君から少し聞いたし、鬼灯君も君の名を何度も呼んでたから気になってたんだ」
「白豚が、何を話したんですか…?」
「ぎゃー!痛いよ鬼灯君刺さってる刺さってる!」

手にした金棒を閻魔大王の頬にめり込ませた鬼灯がぐりぐりと尋問を続けるが、大王もワシのせいじゃないよと弁解している。
全くその通りである。

「丁…鬼灯様、あのときは仕方がなかったんです。私が鬼灯様の鬼火であるって話をしないと何もわからなかったと思います。あと鬼灯様の為に箝口令も出ていましたし、噂は広まらないはずですよ。だから金棒を納めてください」
「…仕方がないですね」

ヒサナに止められ暫し考え込んだ鬼灯だったが、素直に金棒を引いたのでヒサナも閻魔大王もホッと胸を撫で下ろした。

「はーもう痛いなぁ鬼灯君。照れ隠ししなくてもいいのに」
「照れ隠し?」

深く腰掛け、とげの形に多少凹凸のついた頬を撫でながらボヤく閻魔大王を子首をかしげて見上げれば、あぁと閻魔大王がヒサナに指をたてる。

「何度も君の名前を呼んでたのを知られたくないんだよ。さっきも話したけど、迷子の子どもみたいに本当に何度もヒサナさんの名前を呼びながら探しオウフッ!!」

鬼灯の手を離れた金棒が一直線に再び閻魔大王の頬に突き刺さり、そのまま椅子ごと後ろへ倒れた。
ヒサナもなんとなく鬼灯の中から見ていた見覚えのある光景に、そらした目を投げた体制のまま閻魔大王を睨む鬼灯に向ける。
照れてたんですかと問えば、鬼灯はヒサナと目を会わせることなく視線を横へ流す。

「あの極楽蜻蛉、後で絞める」

触れないと言うことは肯定になるのだが。
そう思いながらヒサナは笑みを溢した。

「何かおかしいですかヒサナさん?」
「いいえ何も」

飛び火を被るのは御免だとヒサナは慌てて倒れた閻魔大王に駆け寄ると、身を起こしている閻魔大王に声をかける。
大丈夫じゃないけど平気と笑い立ち上がる閻魔大王の後ろでは、既に鬼灯が椅子を起こしており、ドカリとそれに腰を下ろした。

「やーでもうちの鬼灯君が、長いことお世話になってます」

フニャリと笑う様は、亡者が名を聞くだけで震え上がり恐れる閻魔大王とはとても思えない。鬼灯を通して大王の姿を見てきたことは数えきれないが、優しそうな人だとヒサナも思う。

「君のお陰で、鬼灯君は鬼灯君としてここにいてくれたんだからね」

そんなこと言われたこともないので、しかもそんな顔で言われれば何だか気恥ずかしい。
言ってしまえば寄生しているようなものなのだが、そう捉えてもらえてヒサナは素直に嬉しかった。
しかし、彼が己を見失わずに大事に出来ているのは自分の力だけではないことを、ヒサナもよく知っている。

「いえ、それだけでは丁の思いは抑えられなかったでしょう。閻魔大王様を初め皆様にも、救われていましたよ」

鬼灯の引き出しを開けてみなくてもわかる。
彼を取り巻く日常は、生前異常な日常を過ごした彼にとって、どれだけ正常で心休まる日々だったか。
ヒサナが喰らい続けていたとしても、今でも根強くじわりと溢れ続ける怨念に、いずれ負けていたかもしれない。

「いらないことは言わなくて結構です」
「…んぐっ」
「えっ、どういう事鬼灯君?」
「閻魔大王が鈍感でいつも本当に助かりますよ」

ヒサナの口を片手で首ごと抱え込む様に塞ぎ、鬼の形相で睨んでくる鬼灯だったが、上手く意味を飲み込めていない様子の閻魔大王に鬼灯の表情も和らぐ。
眉根を寄せ考えあぐねていた閻魔大王だったが、ふと本題を思い出したようでヒサナを見ると更に顔をしかめて唸った。

「んーでも鬼火かぁ。第一補佐官が暴れたなんて知られたら不味いと思って箝口令を敷いたんだけど、烏天狗警察も関わってるから何も無かったことには出来ないんだよね」

その言葉にヒサナの表情が強張るのを鬼灯は見逃さなかった。大丈夫ですよとでも言うように、鬼灯は口に添えていた手を小さく震える彼女の肩へ伸ばしそっと掴んだ。

「先の件ではご迷惑をお掛け致しました。お気遣い頂きありがとうございます。何かしら発表しなければならないわけですよね」
「うん。結構大事になったからね。何も無かったじゃすまないだろうねぇ」
「…それはわかっています。ヒサナさんが私の鬼火だと言うことはもう口外しても構いませんので、それの回収に封鎖した的なことでなんとかなりませんかね」
「言っていいの?それだったら鬼火を逃がさない為に門を封鎖したとか、烏天狗警察も総動員したとか言っても辻褄合わせられるし嬉しいんだけど…」

何か言いた気で渋る閻魔大王の物言いに、聡明な鬼灯も何を言わんとしているのかわかるのだろう。
僅かに怒気を含んだ低い声で、鬼灯は言葉を紡いだ。

「…今回の件による対策ですね」
「うん。事件がありました、では以上です。って訳にはいかないんだよね…警察もワシらもそういうのを裁く立場だし。何かしらの再発の対策を立てないといけないからね。そこで鬼火を出すなら、ヒサナさんの説明は不可欠になる」

鬼灯の表情が更に険しくなる。
彼の中にいれば、鬼灯の考えが分かっただろうが今は単身。ヒサナは答えが瞬時に導き出せなかったが、そうだろうという考えはぼんやりと浮かび上がった。
閻魔大王は申し訳なさそうに書簡をくるくると広げたり閉じたりしながら、ヒサナを見遣った。

「鬼火が現化したのは事実だし、それの対策って言われたら…ヒサナさんには鬼灯君の中に居てもらいたい」

わかっていた。
その言葉を告げられるのだろうとわかってはいた。
ヒサナもそうしようと自分で思っていたことだったが、ここに居ても良いと鬼灯は言ってくれた。だがいざ他者から告げられると血の気が引く思いだった。
やはりそれしか方法は無いのか。胸がぐっと傷んだが、しかしそれ以上に肩に走った痛みにヒサナは顔をしかめた。

「ダメです、許しません」

ヒサナの肩に爪を立てた鬼灯を取り巻く気がどす黒く歪むのがわかる。
ヒサナもまだあれから満足に彼の中には還ってはいないので、鬼灯は悪鬼に呑まれた状態となんら代わりない怨念を抱いたまま自我を保ってきていた。
少しでもバランスが崩れれば再び呑まれてしまう。

「鬼灯様!」
「…わかっています…すみません」

ザワザワと募った想いを散らすように、鬼灯は目を閉じ深く呼吸を繰り返し整える。
噛み締めた唇に立てた牙には、血が滲んでいた。

「…すみません取り乱しました。」
「大丈夫鬼灯君?」
「…ヒサナが居ない方が大丈夫ではありません」

僅かにまだ目が充血しているが、意識はしっかりとしている。
ヒサナは心配そうに肩を掴んでいる鬼灯の手にそっと手を添えた。

「…私が側に居ないと抑えが効かなくなるって言ってみますか?」
「馬鹿ですか?それこそ、それならヒサナを中に戻せと食いついてくるに決まってるではありませんか」

普段にも勝る低音で凄まれれば、ヒサナも泣きそうになる。
その様に鬼灯がため息をつき、更にヒサナもビクビクと強張るが、彼は顔を歪めるとヒサナの肩を抱き寄せた。

「本当に…すみません。どうも抑えが…難しいですねぇ」

すぐ側で聞こえる彼の鼓動が早鐘を打っている。
どうしていいかわからず腕の中で大人しくしていると、次第に鬼灯の呼吸も心音も穏やかになってきた。

「うーん…その状態だとヒサナさんが中に還っても以前のようにはいかないかもしれないねぇ。食欲、戻ってないんでしょうヒサナさん」

閻魔大王が困ったように腕を組む。

「…そう言えば先程食欲不良だと、そんなことを言っていましたね。食欲、無いんですかヒサナさん」

出来るだけ優しい声音で。ヒサナを怖がらせないようにと、鬼灯は細心の注意を払って彼女を気遣う。

「あ、えっと…そうでした鬼灯様には言ってませんでしたね。白澤様に見て頂いたんですけど原因がわからなくて…」
「……ほぉ?」

空気が変わったのが、閻魔大王にもわかる。
ヒサナも宿敵の名を出してしまい、しまったと思ったが今更取り消す事も叶わない。

「そうですねぇ…白澤さんの御墨付きならどうです?あの場に居たことですし、漢方医と神獣の視点から見てもらいましょう。しばらくはヒサナが私の側を離れないと言うことが条件で要経過観察でいいですか」
「うん…それなら納得しやすいんじゃないかな」
「決まりですね」

鬼灯は有無を言わさずヒサナの手を引き踵を返し歩み出すが、慌ててヒサナが止めた。

「どこへ行くんですか鬼灯様?」
「白澤さんの所ですよ」
「!待ってください」
「別に息の根を止めやしませんよ。口裏を合わせてもらうだけです」
「うわーそれワシ聞かなかったことにしておくね鬼灯君」
「そうじゃなくてっ」

ヒサナは鬼灯の腰に手を回し、抱きついて彼の歩みを止める。
予想だにしなかった彼女の行動に驚いて、鬼灯も腕を上げて彼女を見下ろした。

「なんですかヒサナさん、殺しはしませんから大丈夫ですよ?」
「そうではなくてですね…」

鬼灯に回した腕を解き、おずおずとヒサナは振り返った彼を見上げた。

「その…今もでしたけど、やっぱり心配なので移動中だけでも一度鬼灯様の中に還りたいんです」

食欲がなくとも食べれないわけではないし、彼の身を案じるのであればそんな事は言っていられない。
白澤の居る極楽満月まで少しある。その僅かな間だけでも食すことが出来れば少しは鬼灯の負担も軽くなるのでは。
未だにキスをするのは恥ずかしいが、勇気を出して進言したのに対し、鬼灯は何か考え込むように表情を曇らせヒサナを見ていた。

「鬼灯様?」
「いえ…なんでもないです」

ヒサナに名を呼ばれ、気づいたように鬼灯が顔をあげるのでヒサナも首をかしげるが、大丈夫ですと鬼灯は姿勢を屈めて彼女と目線をあわせる。

「ヒサナさん」
「はい?」

顔が近づき、ぎゅっと目を閉じたのに声をかけられてうっすらと目を開いた。鬼灯の顔が近くてどこを見たらいいのかとヒサナは目を泳がせたが、両肩に手を添えられているので距離は取れない。
すると唇ではなく、彼の額が合わさった。
僅かに彼の角の側面があたる感覚。顔が近い。

「…ちゃんと呼んだら、出てきますよね?」
「出てきますよ?」
「なら…いいです」

まるですがるように問いかけてくるのでヒサナも何事だろうかと思いながら答えたが、
鬼灯はそれ以上何も聞かず、おやすみなさいと軽くヒサナに口づけた。

20140824

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