厳戒体勢

天国と地獄の境目、そして現世との生死の境でもある牛頭と馬頭が納める門。

遠目でも何かが起きていることが見てとれる。
烏天狗警察が、天国側からも門を閉ざし封鎖していた。
その異様な光景に桃太郎が目を細める。

「あれは…烏天狗警察ですよね?」
「なんで天国側に…地獄でなにかあったのか?」

極楽満月から全員を背に乗せ飛んできた白澤は、勢いをそのままに地に足をつけてかけながら減速する。門の前で静止しヒサナ達をおろすと、ゆっくりと人の身に変化した。

その姿を確認した烏天狗が一人目配せをすると、門の中に身を滑り込ませる。その場に残った烏天狗が白澤達を出迎えた。
少し休んだことで回復したルリオが大きな翼を広げ、烏天狗警察の元へ舞い降りる。

「お連れいたしました」
「すみません。白澤様!ご足労頂きありがとうございます」
「どうしたの?アイツがおかしいって聞いてきたんだけど、なんで門を封鎖してるの?」

歩み寄りながら白澤が門を見上げるが異変は感じられない。
まぁ、地獄側の『何か』が天国側から感じられたら、それはそれで一大事だが。

「箝口令が出ております、この中でのことは他言無用でお願いしたい」
「誰から?」
「閻魔大王様からです」

へぇと然程興味無さそうに呟いた白澤の髪がざわりと逆立つ。
刹那、掌で額の目を、もう片方の手で脇腹を抱え込んで踞ってしまった。

「…っ…なにこれ」
「白澤様!?」

桃太郎が支え、ヒサナも急いで駆け寄るが大丈夫と制される。
白澤の双眼はキョロキョロと忙しなく動いており、おそらく見ている場所はここではない。

「…アイツ…どうしたの」
「!…わかりません、我々が連絡を受けて駆けつけたときには既に」
「ふぅん…」

どうやら百聞は一見にしかず、白澤は耳から情報を受けるよりも早く己の眼で中を見通したようであった。
その首筋には、うっすらと汗をかいている。
外から『覗いた』だけなのに神獣が怯んでしまうほど、中では何が起こっているのか。ヒサナには検討もつかなかった。

「白澤様、アイツって鬼灯様の事ですか…?」
「んーヒサナちゃんはあんまり見ない方がいいかな。でもなぁ…あ、タオタローはここでお留守番ね」

ヒサナの問いに言葉を濁らせた白澤だったが、それよりもと桃太郎に声をかける。その言葉に桃太郎は肩に止まったルリオを労いながら首をかしげる。

「俺行かない方が良いですか」
「多分ね。あれは良くないよ」
「…わかりました、じゃあここでヒサナさんと待ってますね」
「そうだね…宜し―――」
「いえ、私も行かせてください!」

話が纏まりそうだったところにヒサナが進言する。
さっきからうやむやに話題にされているのは鬼灯の事に違いない。
白澤も思わず目を覆うほど、一体この中で何が起きていると言うのか。
私も知りたい。
そう訴えるようにヒサナはぎゅうと着物を握りしめ、逸らす事無く白澤を見据えた。

「…ヒサナちゃんを巻き込みたくはないんだけどなぁ」
「そんなに…大変なことになってますか」
「うーん、身の安全の保証はできないかもしれない」
「それでも、お供させてください。自分の身は自分で何とかします。お手は煩わせません」

ヒサナの真剣な眼差しと対峙する白澤は、彼女の意思の強さをそれから読み取る。

もしかしたら、アイツが好意を寄せる相手故に何かしら切り札になるかもしれない。

「そんなこと言わないで、ヒサナちゃんの事はちゃんと僕が守るよ」
「では…」
「いいよ、おいで」
「っありがとうございます!」

でも僕の言うことを守るようにと念を押され、ヒサナは力強く頷いた。
白澤はさぁ準備完了と烏天狗に向き直るが、烏天狗は申し訳なさそうに言い澱んだ。

「申し訳ございませんが、部外者を立ち入らせる訳にはいきません。こちらでお待ちいただけますか」
「そんな…私は!」
「一般人を現場に入れるわけにはいきません、ご了承ください」

ヒサナはでも、と食い下がろうとしたが、それよりも先に白澤がヒサナの前へ出た。

「この子は部外者じゃないよ」
「しかし…」
「君が何か言われるなら全責任は僕が持つって無理矢理押し通ったって伝えればいいよ。お願い、彼女にしか出来ないことがあるかもしれない」
「そこまで…失礼ですが、この方は?」

不思議そうに烏天狗がヒサナを見るが、直ぐには答えが出てこない。
鬼灯様の鬼火です、と答えていいものか。それとも知人ですと答えようか。
その程度だと白澤の口添えがあってもダメと言われるだろうか。
ヒサナが言いあぐねていると、烏天狗が怪訝に眉を寄せた。
白澤はそんなヒサナの手を引きよせ背中をポンと叩いてしゃんと立たせると、彼女の肩に両手を添えて代わりににっこりと笑った。

「身内だよ。唯一アイツが気を許す、ね」

烏天狗は白澤とヒサナの顔を見比べる。ヒサナはもう一度お願いしますと深々と頭を下げた。
烏天狗警察もこの事態に収集をつけたくて白澤を呼んだ。その白澤が必要だと言うのであれば入れないわけには行かない。

烏天狗は意を決し、閉ざされた門を三度拳でうち鳴らした。
それは門を開ける合図。

「…合図が返ってきたらすぐあけますので速やかにお進みください」
「ありがとうございます!」

顔をあげもう一度礼を述べた後、ヒサナはそっと門を見上げる。
いつもは開け放たれている門。
しかし現在ここまで厳戒に閉ざされる門の向こうにいる鬼灯の身に一体何が起きているのか、大丈夫なのか。
不安が募るが、そんな彼女の頭を白澤はポンポンと撫でた。

「気をしっかり持って」

普段なら安心させる優しい言葉の一つでもかけてくるだろうに。
それは余裕がないためか、それとも中を垣間見た為無責任な事を口にできないのか。

門の向こう側から合図が返ってきたと同時に烏天狗が門を押し開き、ヒサナと白澤は急いで身を滑り込ませる。
お気を付けて、と瞬時に閉ざされかけた門の隙間から桃太郎に見送られ、扉はがっちりと閉じられた。

ゴオンと重々しい重低音が響き渡る。

中は長い通路が続き、柱の監視カメラの役割を果たす眼球がギョロリとヒサナ達を捉え見つめられる。
鬼灯も何度も利用するこの門の内部は、ヒサナもよく覚えている。
しかし入った途端、辺りを包み込んでいる禍々しい空気は普段と異なり、神獣である白澤さえも顔をしかめて口元を袖で覆う。

「うっわなにこれきっつい…」

白澤はポケットから少量の香草を取り出すと手で潰して深呼吸をした。進められてヒサナも香りを吸い込むと、空気がほんのり和らいだ。

「大丈夫ヒサナちゃん?」
「あ、はい。毒気は感じますが私たちの専売分野のような…」
「あぁ、そうだったね」

鬼火だったね、と白澤は思念の類いが渦巻く通路を進む。ヒサナも慌てて歩調をあわせると、門を閉じた一人の烏天狗が追いかけてきた。
深く白澤に頭を下げたその人は、到着した折に中に入っていったもう一人の烏天狗だった。
白澤の傍らに控えるヒサナに一瞬驚くが、出入りを許されたのだろうからと野暮なことはもう聞いては来なかった。

「ご苦労様です!」
「奥だね?」
「はい、地獄側に閻魔大王様が控えていらっしゃいますので、詳しいことをご存じです。まずはそちらに合流して下さい」
「って事は広間を突っ切らなきゃいけないわけか…」
「我々が援護致しますので、その隙に」
「了解」

門内部の丁度中央に位置する大広間。そこに近づくにつれて禍々しい空気は強まる一方。
滞空する烏天狗の数が増え、数名は白澤を向こう側へ送る為に陣形を組んで守るように集まってきた。
その中には負傷しているものも伺える。
そして時折、何かが争うような大きな音がビリビリと空気を揺るがし響き渡ってきた。それに伴うのは怒号だろうか、思わず耳を押さえる。

「広間で何か起きてるんですか?」
「そうだよ。でもその前に詳しいこと聞きに行かないと、対処も何もできないからね」
「それで閻魔様なのですね?」
「ヒサナちゃん、とりあえず広間突っ切るから、僕から離れないでね」

白澤はヒサナの手を取りぎゅっと握り締めた。
ヒサナも離すまいとその手を握り返すと、白澤がチラリと振り返った。

「あーあ…こんな状況じゃなければ天国なのに」
「はい?」
「んーん、なんでもない」

広間に差し掛かる前に一旦烏天狗に静止をかけられ、足を止める。柱の影から様子を見守る烏天狗同士が目配せをし、タイミングを計っているようだった。

「我々に何があっても、向こう側へ渡りきってください」

先陣をかってでた烏天狗が首だけこちらに向けて告げる。

「大丈夫なんですか…?」
「平気です、それが我々の仕事ですから。それに柔な体は持ち合わせておりませんので」

お任せくださいと言い切る烏天狗達がとても心強く見えた。
よろしくお願いいたしますと挨拶を交わすと、見張り役が腕を掲げ合図が上がる。
行きますよと促され、少人数で陣を組んだ烏天狗警察の護衛つきでヒサナと白澤は駆け出した。
端まで距離のある広間に出て、柱の裏を通りながら向こう側を目指す。

「!気をつけて!」

誰かが叫んだかと思うと、広間の中央から烏天狗が一人吹き飛ばされて陣に突っ込んできた。
それを衝撃が少ないよう数名の烏天狗達が受け止めるが、白澤はヒサナの手を引いて足を止めずに進み続ける。

必死についていきながら、視界の隅をちらつくあまりの光景にヒサナはチラリと広間の中央を見た。

無数の烏天狗達が、何かを追って飛び交っている。
追われているその黒い何かが柱を蹴って宙に飛び出せば、それに続く烏天狗の姿が龍のようだった。
まるで蜂が巣を襲った天敵を集団で捉えるかのように群がり団子のように掴みかかっていたが、一振りされた金棒によって蹴散らされ、あるものは空中で体勢を整え、あるものは床や柱に叩きつけられる。

漆黒の本体に藤色の飾り紐、
その金棒にヒサナは見覚えがあった。

「…鬼灯…様?」

烏天狗の頭に手をかけ引き剥がした隙間から垣間見えた黒地に赤色の合わせの道服に、逆さ鬼灯の紋。

思わず名を呼んだヒサナの小さな声に反応するかのように、彼はゆっくりと顔をあげる。

それは、紛れもなく鬼灯の姿であった。

20140811

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