異変

「―――ずき――鬼灯く……鬼灯君!」

呼び起こされ目を覚ますと、ひんやりと冷たい床に横になっていた。
誰だ騒々しい。
うっすら目をあけて声のする方へ首だけ動かすと、閻魔大王が心配そうにのぞきこんでくる。

「大丈夫鬼灯君?倒れた…にしては毛布ちゃんとかけてるね」
「…寝ていただけですので大丈夫ですよ」

鬼灯は起き上がりながら懐の懐中時計を取り出すと、既に夕刻を過ぎていた。

いつ寝たのだろうか。
頭をガシガシとかきながらかけていた毛布を眺めていると、ヒサナに思いを告げたことを思い出した。
そうだ、あれが昨晩のことか。

「ところで鬼灯君…気付いてるかもれないけど聞きにくいこと聞いていい?」
「なんですか、簡潔にお願いします」
「あのさぁ…角、どうしたの?」

大王が指差すのは自分の額。
なんのことだと首をかしげて額に手を当てようとしたが、ふと手を止め言い様のない違和感を感じる。
彼女が、内に居ない事に気付いた。

「…ヒサナさん?」

ぎゅうと胸の道服を握るが返事はない。
ぐるりと部屋を見回しても気配も何も感じなかった。

「ヒサナ?」

再び彼女の名を紡いだ声は、自分でも驚くほどに掠れて震えていた。

「ヒサナ…」
「え、誰?」
「いないのですか…?」

どうしたのと気にする閻魔大王に耳を貸すことなく、鬼灯は金棒を手に部屋を飛び出した。








「すみません甘味までご馳走になってしまって」
「いえいえ、丁度杏仁豆腐があったからヒサナちゃんにお裾分け♪」

同時刻、ヒサナは極楽満月のキッチンで白澤と洗い物を片付けていた。
お昼からなんだかんだと手伝いや薬の調合を待っていたら間食の時間になり、結局こんな時間まで長居をしてしまった。

「でも…戻らなくて大丈夫なんですかヒサナさん」

桃太郎が秤にかけた薬を一つずつ丁寧に包んでいる。
それは食欲がないというヒサナの為に処方されることになった薬。出来上がるのを待つという堂々たる口実が出来て、内心ホッとしていた。

「まだ寝てると思いますので、大丈夫です」

それは事実だし、まだ帰りたくはなかったから。
ヒサナは最後の皿を拭き終わり、棚に戻す。
洗剤を使っていた白澤は先に手を清めると、ヒサナが手にしていた布巾を受け取って手をぬぐった。

「気まずいのはわかるけど、早く帰って休むのが一番だよ?昼食も結局あんまり食べてなかったし、杏仁豆腐も進みが遅かったからね…いつからなの?」
「…多分、おかしいなと思ったのはお祭りの日からですかね…?」

縁日を満喫している間はたらふく食べていた。あのときはなんともなかったはずだ。
違和感を感じるようになったのは、その後だ。

「胃もたれですかね…結構食べたから…」

お腹をさすりながら自業自得ですねと笑うヒサナに、白澤は桃太郎から受け取った漢方の包みを相違ないか処方箋と見比べてから彼女に手渡した。

「どうだろうね?鬼火の胃もたれなんて聞いたこと無いからなぁ」
「白澤様も神獣に二日酔いがあるんだから、鬼火にもそういったことはあるのかもしれないですよ」
「白澤様二日酔いなんてなさるんですか!…鬼灯様はお酒に飲まれませんが…」
「余計なこと言わないでよタオタロー!アイツは鬼だよ蟒蛇だよ!…んー神だから鬼だからというより個人の体質なんだよね。だからヒサナちゃんのも体質なのかも」
「体質…」
「…とにかく薬を飲んでゆっくり休むこと!病は気からって言うのはホントだし、色々悩んでても体に出ちゃうから早くお帰り」

アイツのこともね、と耳打ちされて心臓が跳ねる。
その仕草に目を細めて笑った白澤は、さぁどうぞとヒサナが立ち上がるために手を差し出してくれた。ヒサナはその手を軽くとる。

とりあえず本調子に。
鬼灯には少し時間をもらえないか聞いてみよう。

そう、自分の中で考えていたときだった。

突如店内にけたたましい音が鳴り響く。
音をたてるのは一枚の扉。それは極楽満月の出入口の扉だった。
扉に大きな影を落とす何かは、バサバサと羽音を伴っている。

「―――ルリオか?!」

桃太郎が見知ったシルエットにいそいで戸を開ける。
開いたと同時に店内に飛び込んできたのは、雉のルリオだった。

「おう桃太郎助かった…!」
「どうしたんだよお前一人で、シロ達は一緒じゃないのか?」
「シロには残ってもらった。白澤様、すぐに来て頂きたい」
「なにがあったの?急患?」

ルリオの息を切らせたただならぬ雰囲気に、白澤も身支度を整える。
桃太郎もすぐたてるようにと白澤の往診用の仕事道具をまとめた鞄を引っ提げた。
ヒサナも地獄に戻るのなら何かできればと、全速力で飛んできたため疲れきっているルリオを抱き上げた。
小さく礼を言ったルリオは息を整える間もなく途切れ途切れに呟く。

「詳しい話は向こうでお話しします。すぐに来てほしいと、閻魔様から頼まれたんです。…鬼灯様の様子がおかしいんだ!」



その答えに誰もがまさかと息を飲む。
一番反応したのは、他でもないヒサナだった。

20140809

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