人生相談

時刻はもうすぐ日が上る時に差し掛かる。
地獄だから日ノ出は見れないが、早い人なら一日の活動を開始する頃合いだ。

普段なら鬼灯も起床し身支度を始めたりする時間だが、ヒサナの肩から下ろされ床に横たえられた鬼灯は、ヒサナがかけた毛布に包まって未だ眠っている。

その傍らで足を抱えて座り込むヒサナは、夜中から一睡もできず途方にくれていた。

その場で鬼灯が起きるのを待っていても答えはでないし、だからと言って鬼灯の中に戻ったら考えることもできない。

ヒサナは僅かな希望を持って立ち上がると、しばらくは起きないだろう鬼灯を残し極楽満月へと向かった。





「白澤様、聞いてもいいですか?」
「いいよ。ヒサナちゃんの相談ならなんでも聞いちゃう」

甘い香りのお茶をヒサナに進めながら、カウンターに腰掛けた白澤がにこやかに笑った。
悩みあぐねた末、唯一ヒサナの頭に浮かんだ彼は知識の神と聞く。
突然の来訪にも関わらず、白澤は快く招き入れてくれた。
ヒサナは受け取った湯飲みをくるくると弄びながら、その水面を眺めていた。
お茶というには透明感のある澄んだ液体に映る自分の顔は、ほんのりと赤みを帯びている。

「…好きって言われたら、どうしますか?」

ガチャンと響いた大きな音に顔をあげると、奥で何かの実を磨り潰していた桃太郎が乳白色のすりこぎを落としていた。
しかし白澤はそちらに目を向けることなくヒサナを凝視している。

「えっ!ヒサナちゃん僕のこと好きなの!それはもう無問題大歓迎だよ!」
「ち…違います違います!」
「え…嫌い…?」
「嫌いでもないです!何て言えばいいですかそういう意味じゃなくて白澤様のことは好きですよ…!」

慌てて否定すると、なんだーと大袈裟すぎるほど一挙一動にコロコロと表情を変えていた白澤だったが、こほんと咳払いをするとにんまりと笑った。
『わかっているよ』、そう目が語っている。

「じゃあ、そういう意味で好きって告げられたっていうのはわかってるんだね」

腕を組んで改めて告げられたその言葉に、ヒサナは更に顔を赤くさせる。
かーわいいなぁと言いながら頭を撫でられるが、その動作に既視感を感じる。
手は払い除けなかったが。

「まぁアイツが動くのも遅いくらいだもんな」
「…どなたに告げられたかまでわかるんですか神獣様は」
「僕じゃなくてもわかるでしょう。ねぇタオタロー君、はい問題」
「えー俺に振らないで下さいよー…鬼灯さんに怒られるのはごめんです」

鬼灯、という単語に耳まで真っ赤にさせたヒサナに、白澤があーあと声をあげる。

「タオタロー君のせいだー」
「俺のせいですか?!」

慌てふためいて桃太郎がスミマセンと奥からでてくるが、いいえと片手で制した。

「いえその、自分でどうしたらいいかわからないもので」
「そっか…ヒサナさんは鬼火なんでしたっけ…」

桃太郎は初めて現化したその場には居なかったが、あらましは白澤からその日のうちに聞いている。ヒサナの名はつい先日、出店の後片付けの時にも耳にしたばかりだ。

「鬼火でも女の子はオンナノコだよ」
「そりゃそうですけど…でも自分の中にいるモノをどうすればいいんですかね」
「だよねー言っちゃえば自分の魂に恋しちゃったようなもんだよねー…」
「承諾しても一緒にはなれないし、断っても一緒にいなきゃいけないんです…。私は鬼火…妖怪の部類ですし…」

もし一緒にいたくても別離してすごせないし、断って気不味くても別離はできないのだ。
ややこしい。ヒサナは桃太郎と腕を組んで唸る。
白澤だけは何か違うようでヒサナを凝視していた。

「ヒサナちゃんが悩んでるのはそこなの?」
「はい?」
「僕が言うのもなんだけどさ、男女のあれこれ云々は、そういうもんじゃないと思うよ?」

ヒサナが首を傾げて目を瞬かせると、耳飾りを片手で弄びながら白澤は目を細めた。

「ヒサナちゃんはアイツをどう思うのか、まずは自分の気持ちと向き合ってみたら?あとのことは、それから心配してもいいんじゃない?」

僕としては奴だけはオススメできないけどね、と舌打ちした白澤を桃太郎が肘で小突く。

私は、だから私はどうなんだろう。

「アイツのことは好きか嫌いかって言われたらどう?」
「…………嫌い、ではないです」
「間があるねぇ。奴と一緒にいて楽しい?」
「仕事は大変ですが、一緒に居るのは別に…苦ではないです」
「そう。アイツとキスするときはどんな気持ち?」
「…っ!?」
「なっ何聞いてるんですか白澤様!」
「別に変な意味じゃないよタオタロー君。ヒサナちゃんが還る為の唯一の方法なんだから」

ひょいとカウンターから飛び降りた白澤は、ヒサナの手の内にある湯飲みを取り上げると静かに後ろのカウンターに下げる。
意図を読み取れないまま白澤を見上げていると、頬に手を添えられて顔が近づいた。
この光景は何度も見たことがある。
私が還るための『手段』だ。

「…や」
「馬鹿かアンタは!」

ヒサナが押し退ける前に桃太郎が白澤に飛び付き、バランスを崩した二人はそのまま床へ転げた。
突然のことにあらぶった動悸に胸を押さえているとイタタと白澤が身を起こした。

「何するのさタオタロー!」
「アンタが何してるんですかやめてくださいよホント店が全壊する未来が目に見えましたよ!」
「やだなぁフリだよフリ!あわよくばしちゃってもいいかなーなんて」
「やっぱり止めといてよかった!」

ぎゃーぎゃー捲し立てる桃太郎をへらへら謝ってすませてしまうと、上半身を起こしている白澤は桃太郎の向こうからヒサナを見つめた。

「で、どうだった?」
「ど…どうって…!」
「僕が迫ったら嫌そうだったね」
「嫌って言うか驚いたと言うか…」
「アイツとするときはどうなの?」
「……ふ…触れたら私はかっ還ってしまうので…おぼえてな…」
「違う違う。あの鬼とするときは、嫌じゃないんでしょ?」

嫌じゃない?
嫌と言うか、帰るにはそれしか方法が無いのだから仕方がないと言うか。
そんなこと考えたこともない。

「嫌な相手とは、仕方がなくてもしたくないと思うよ」

タオタロー君とはしたくないもんねと笑う白澤に、俺だってヤですよと桃太郎が食って掛かる。

「ドキドキするなら、自分が気づいてなくても可能性はあるんじゃないの?」

そうなのだろうか、そんなものなのだろうか。
何しろ鬼灯の中で幾千年。
そんな特別な感情どころか自我も無かったものだからしっくりこない。
まだ悩んでいるヒサナに桃太郎も何か力になれればと思考を巡らせる。

「…鬼灯様って結構女性に人気ありますよね。あの長身に眉目秀麗文武両道。性格は遊び心も満載ですが根本的に真面目で仕事もできますし…一般的な理想の平均値軽く振り切ってるとは思いますよ」
「えーアイツだけは嫌い」
「白澤様だって似てるから同じでしょう。こっちは女遊びさえなければ完璧なんですけどね」
「アイツには変な金魚草の趣味があるじゃん!あれに比べたらよっぽど僕の方が健全でしょ?!それに僕から女の子を取ったら何が残るの!」
「キレイな白澤様」

目の前で繰り広げられる師弟のやり取りにヒサナは思わず微笑む。
自身と向き合う。
改めて丁に…鬼灯に会えば何かわかるだろうか。
未だ読めない自分の胸に手を添えながら、ヒサナは低い天井をあおぐ。

「あ、ヒサナちゃんお腹すいた?薬膳料理ご馳走できるけど食べてかない?」

ヒサナの目線の少し下に時計があったので白澤は時間を気にしていると思ったようだ。
丁度お昼時、もうそんな時間だった。

「あ、違います大丈夫です…なんだか最近食欲もないので」
「それは良くないよ。尚更少しでも食べなきゃ」

軽いもの用意してあげるねと、白澤は桃太郎と共にキッチンに入る。
食欲がない、というヒサナの症状だけで白澤が何を作ろうとしているのか察したのだろう。桃太郎はあれこれと壁に干してある薬草や瓶を机の上に並べていく。
少しお時間くださいねと桃太郎に言われ、ヒサナも小さく頷いた。

どうせ鬼灯はまだ起きないだろうし、帰っても何をしたらいいのかわからない。
もう少しだけお邪魔させていただこうと、ヒサナも手伝いにキッチンへ入った。

20140807

[ 10/185 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -