前提の独り言

気が付くとヒサナは鬼灯の中に居た。
夢というのだろうか、鬼灯の中で昔を夢見るなんて初めてのことだった。

遠い遠い、初めて鬼灯を、丁を見つけた日の夢。

ぼーっとした意識を手繰り寄せながら鬼灯の記憶をたどって状況を把握する。

あの日、喧嘩別れをしてから数日たっているようだ。
盂蘭盆祭りも終わり、毎年恒例獄卒総動員による亡者狩りもすんで数日が経過している。
それからの行方不明者の捜索や逃走者への処罰に追われ、鬼灯はあのお祭りの日以来また寝ていないらしい。

『顔を会わせなくてすむでしょう』

呼ばれるはずはないか。
だってそうやったまま別れたのだから。
ヒサナは鬼灯が向かっている書類の文字の羅列を、意味を飲み込むわけでもなくぼんやりと眺める。
何徹目だろうか、鬼灯から酷い眠気と気怠さを感じる。

…普段だったらとっくに呼びだして手伝わせてるくせに。

そう思うがヒサナも声をかけ辛い。
何て言えばいい。何事もなかったように声をかけて手伝いに出ればいいのか。
私が抜け出したらすぐ鬼灯は寝てしまうだろう。先日自力で現化したときよりも彼の疲労を感じる。
まぁ、私がこうして内で意識があるのだから既に相当なわけだが。

…早く休めばいいのに。

声もかけられないくせに心配だけはするなんておかしな話だと思いながら、ヒサナは鬼灯の仕事をしばらく見守っていた。








「起きているでしょう、ヒサナさん」

突如響いた低音に驚いて跳び跳ねる。
ばくばくと暴れた心臓と口を強く押さえたため、なんとか声は出さなかった。

「声をかけられなくても、何となくですがわかりますよ」

鬼灯はすごく眠た気で疲労感たっぷり。でも、とても優しい声音だった。
…だからといってはいそうですとは、今更出られない。

「経験上、これくらいの時に貴女がいつも声をかけてくると思ったのですが。…まぁ、ヒサナさんが起きていないと言い張るのでしたら、只の独り言として聞き流していただいて構いませんけどね」

確信犯か!と突っ込んでやりたかったが、その手に乗るわけにもいかない。
というか、まさか私が起きることを見越して仕事を続けていた訳ではあるまい。
鬼灯ならやりかねないが。

「縁日で獄卒に絡まれていたのを白澤さんに助けて頂いたそうですね。奴の出店が側にあったので、そこで会ってご一緒していると思ったのです。ですが、だからこそ白澤さんが貴女が困っているのに気付いて助けられたのだと、丁度見ていたお香さんに聞きました。完全に私の早とちりです。貴女の話を聞きもせずに…申し訳ございませんでした」

スラスラと自分の非を認めて素直に鬼灯に謝られて拍子抜けする。
あれだけ怒ってた私はなんだったのか。
ヒサナは膝を抱えて丸くなる。狸寝入りを決め込んだ手前、どう反応していいか困ってしまった。
これでは私が悪いみたいだ。

「私もね、考えたんです。何故冷静な判断を欠いてあそこまで逆上してしまったのか。白澤さんが絡んだからとも思いましたが、それは違いました。いえ…そうであってそうではなかった」

珍しく鬼灯が濁した話し方をする。
鬼灯は手を止めてペンを置くと、その手を胸におき、先程よりも内の私に語りかけるように言葉をつむいだ。

「ヒサナさんに弱いところばかり見られているような気がして、貴女に丁と呼ばれるのがとても気にくわなかった。鬼灯になっても、貴女とは昔の姿でしかお会いすることは叶いませんから、それが嫌でたまりませんでした。それでもヒサナさんに会えるのが毎回楽しみなんです。話をしたくて仕事を、押し付ける口実を作ったこともありました」

突然始まった鬼灯の話。なんの暴露大会か。鬼灯の真意を読み取れないまま、ヒサナは静かに彼の声に耳を傾けた。

「貴女を危険に晒したくないと思ったのは、ヒサナさんが私の鬼火であり、弱点だからという理由だけではありません。手を出されたのなら自力で守れますし、そもそも体内から出さなければ良いだけの話。…それでも手を出されるのも嫌なんです。誰の目にも触れさせたくなかった。話もあまりしてほしくはないです。…貴女が現化するきっかけであるのですから仕方のないことですが、特に白澤さんとは関わってほしくなくて、それが一緒にいらしたので、どうも抑えがきかなくなりました。あれは淫獣ですから…ヒサナさんに手を出されてしまったらと、気が気ではいられなくなりました」

鬼灯は目を閉じたまま坦々と続けていた。それは内のヒサナに語りかける為だったが、今度はゆっくりとその瞼を開いた。

「これらは普段から感じていたものですが、先の件を機に色々私の中で答えが出るよう整理してみたのです。そして一つの結論にたどり着きました。いえ、多分うっすらとですが自覚はしていました。私はヒサナさんが好きなようです」



さらっと、なんの間もなく結果報告のように告げられたその言葉。
音も文法もヒサナの脳にたどり着いたが、意味を理解できずにその言葉を弄んでいた。

鬼灯は今なんといった。
何がどうしてそうだといった。

「白澤さんが関わるからイライラするのかと思ってたんですが、総合的に考えてみれば奴に手を出されるのが、取られてしまうかもしれないという事がイヤなんですよね。縁日で他の男にヒサナさんが絡まれていたと聞いただけで腸が煮えくり返る思いをしましたので、それで合点がいきました。私は貴女を誰にも渡したくないです。私はヒサナが好きです」
「そういうのってその勢いで言うことですか!?」

普通間を大切にするとか、雰囲気とか選ぶんじゃないのか。
鬼火であってもそれくらいの知識はある。
ヒサナは自身の火が尋常ではないほど燃え盛っているかのように全身が熱くてたまらない。

「―――やはり、起きていましたね」
「は…っ!」

口に手を添えた鬼灯の動作により、ふぅっとヒサナは体内から引きずり出される。

鬼火から身体を形成するが、いつもより手荒に呼ばれたので尻餅をつく。
やられた。完全にしてやられた。
慌てて顔をあげるが正面には屈んで目線を合わせる鬼灯がいた。

「やっと引きずり出せましたよ」
「…!」
「聞いてましたよね?」
「いや…あの…」
「もう一度言いましょうか?ヒサナが好きです」
「そんな三回も言われなくても意味はわかりますから!!」
「ハイ、ちゃんと聞いてましたね」

ヨシヨシと頭を撫でられ、やめてくださいと払い除けようとしたがその腕を鬼灯に捕らえられる。

「顔が赤いですよ」
「そりゃ頭撫でられたら恥ずかしいですよ!」
「現化したときから真っ赤でしたよ」

見ないでくださいと腕で顔を覆うが、見せろと言わんばかりに腕を引かれ鬼灯は顔を寄せてくる。
その顔は徹夜漬の上私まで引きずり出して、既に眠たそうで声もトロンとしていた。

「ヒサナさんは、どうですか」
「どうって…」

目線を泳がせる、どうって何がどうなんだ。突然言われてもわからない。
…私は、どうなんだろう。

「赤くなって下さっているということは…期待しても宜しいですか?」

額をヒサナの肩に埋めてそれだけ呟いた鬼灯は、息を大きくつくとそのまま眠ってしまった。
今すぐに答えなくてもよくなったが、問題が先送りになっただけで状況は何も変わっていない。
鬼灯が起きるまでにどうすればよいか。
心臓が煩い。
ヒサナは言いたいことだけ言って寝入ってしまった悩みの根元を一瞥し、頭を抱えた。

20140805

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