焦がれる

自分の手にはかつて異なる飴を支えていた棒が二つと、ソースと鰹節の残ったトレー。
空いたトレーにそれらをまとめていると、丁度屋台の間にゴミ箱を見つけた。
鬼灯はまだ何か愚痴愚痴と続けている。

ほんのちょっと…。

駆け寄り指示通りに可燃ごみとリサイクルに分けて用を済ませて往来の中に戻ると、
長身で頭ひとつ抜け出て目立つはずの鬼灯の姿はどこにも見当たらなかった。





「やっちゃった…」

いくら鬼灯の記憶を共有しているからと言ってもヒサナとして現化すれば記憶力は自分の値になる。
現化した直前であれば細かく思い出せるが、時間がたてば数多の引き出しを管理しきれず情報を引き出せない。

何度も鬼灯が足を運んだ盂蘭盆祭りだが、それは毎日携わる閻魔殿とは異なりその道順も既に霞がかっている。
つまり、遠い昔に覚えのある地で迷子になった感覚だ。

来た方向はわかるのだから反対を進めば会えるだろうか。
会えなかったら戻って襤褸を出さないようにお香さんに相談してみよう。
意を決して人々の往来をすすもうとしたときだった。

「あれ!おねーさん一人?」

不意に肩を捕まれ、くるりと体の向きを変えられる。
見知らぬ鬼が二人、目の前に立っていた。彼らの事を曖昧になってきた鬼灯の記憶からも辿るが、それでも覚えがない。

「いえ、丁…連れとはぐれてしまいまして」
「おいてかれたの?」
「かわいそーに!」

リアクションの大袈裟な彼らから、違いますと否定しながらやんわりと距離を取る。しかし男の手は離れなかった。

「ねぇねぇ、よかったら案内してあげるけど?」
「お連れさんに会えるまででいいからさ、一緒に回ろうよ」
「いえ、大丈夫ですから」
「遠慮しなくていいから!」
「本当に大丈夫ですので…!」

拒んでもぐいと肩を寄せられるが、往来も近くて下手に暴れられない。
ヒサナはチリッと内を掠めた熱さに胸を抱いて、抵抗より先に自身の内に集中する。
万が一頭に来て鬼火でも出そうものなら、回りには火気厳禁のガスボンベを扱う屋台も多い。
一大事だ。
大事無いよう呼吸を整えようと試みるが、ヒサナの声に耳を貸さず、勝手に進みだした男たちの行いが嫌でも堪に触る。

落ち着け落ち着け。
首筋に近い男の手。

ダメだダメだ。
無理やり流されてしまっている。

私一人の責任では賄えない。
私が罰を受けることになったら丁が困ってしまう。

いや―――私がもしも戻れなかったら、あの人はどうなってしまうのだろう。

ヒサナの目が虚空を捉える。
雰囲気の変わった彼女に男がどうしたと顔を覗き込む。
ざわりと、ヒサナの髪が風もないのに微かに舞った。

「っ!熱っ!」

男がヒサナから飛び退いて手を離す。
その声に我に返ったヒサナは身を捩るようになんとか距離をとった。

いけない。


「どうした?」
「いや…え?なんか今火が…」

彼女の回りに地獄の釜のように陽炎が踊る。

ヒサナはフラりと足をもたつかせながら必死に己と格闘していた。

怒りを堪えなければ鬼火が暴れてしまう。
回避するには根元であるこの男どもの行いを絶てばいい。
その為にはどうしたらいいか。
鬼火で撃退すればいいではないか。

「だから…鬼火をつかっちゃいけないんだってば…!」

自身の身体を抱き締めて押さえようとするが、どうにもうまくいかない。
いけないとわかっているのに、堂々巡りの答えがでない。

―――助けて…鬼灯様…!

そう、願ったときだった。




「こんなところにいたんだね」

やんわりと視界が覆われる。
それは柔らかな、しかし確かに男の掌だった。ふわりと桃の甘い香りが伴い、鼻腔をくすぐる。
この匂いと声には覚えがある。鬼灯の記憶を辿らずとも、ヒサナも鬼灯以外に唯一面識のある人だ。

「居なくなったから心配しちゃったよ」
「白澤様…!」

見上げれば、ヒサナの瞼から掌を離して笑う神様が居た。
何でこんなところに。

「あ…白澤様のお連れ様でしたか」
「うん、ごめんね手を離しちゃったんだ。見つけてくれて、ありがとう」

にっこり笑う白澤は、他に何かと無言の圧力をかける。

男達は見つかってよかったですとだけ告げると、そそくさと人混みに紛れていなくなってしまった。

「…いっちゃいましたね」
「そりゃ連れの男が来れば流石に引くでしょ」
「ありがとうございました白澤様」
「ううん。困ってたら助けてあげるのは御互い様でしょ。それに、もう大丈夫そうだね」

何が、と問いかけて愚問だと口をつぐむ。
先程まで制御できず困り果てていた力の波立ちがすっかり収まっていた。
彼の力だろうか?否、彼が私の気配に気付いて来てくれたからだろう。

「どうしてここに?」
「すぐそこで茶粥の出店を出してるんだ。そしたら知ってる気がこっちで渦巻いてるじゃん?それで見に来てみたらヒサナちゃんが絡まれてたってわけ」
「…本当にありがとうございました」
「いえいえ、生みの親としては当然のことですよ」

あまりにも柔らかく白澤が笑うものだから、ヒサナも心細さからの安堵から泣きそうな笑顔を浮かべる。

可愛いなぁなんて思いながら彼女の髪をすこうと手を伸ばすと、ブレスレットと手首の間をものすごいスピードで何かがすり抜けた。
タンと軽い音をたててすぐ横の屋台の値札で揺れるのは、一本の矢。

まさかと思い、白澤は息を飲んで飛んできた方をじろりと見れば、向こうの通りで客から引ったくった弓を片手に鬼灯がものすごい剣幕でこちらを睨んでいた。

「あっぶないなぁ!ヒサナちゃんに当たったらどうするんだよお前!」
「当てませんよ、彼女から離れろ」

続けてもう一本の矢を引き絞っている。

射抜いたのかこの距離を。
この往来の合間をぬって、矢を届かせたと言うのか。

鬼灯の神業にひきつった笑い声しかでない。
アイツ危ないよとヒサナちゃんを庇おうかと身を寄せると、奴の手の内にあった筈の矢が耳飾りを掠めた。

「触れたら殺しますよ!」
「ほんっとあぶねーなバーカ!!」

白澤の背に庇われながら、二人のやり取りをハラハラと見ていたヒサナだったが、やっと見つけた相方に恐る恐る声をかけた。

「ほ…鬼灯様…!」
「今だけ素直に呼んでもイヤですよ。何処へ行ったのかと思えば白豚なんかと遊んで…」
「違います!遊んでるんじゃなくて白澤様が助けてくれたんです!」
「言い訳は後で聞きます。とりあえず戻りなさいヒサナさん」

…言い訳?言い訳って何。疚しいことなんて何もないのに。
二人の関係は知っているが、こちらにまで火の粉を飛ばさないでほしい。
やっと会えたのに、勝手に聞く耳持たずイライラされ怒られる理不尽さに、ふつふつとまた収めたはずの鬼火が揺れる。
白澤が気付いて宥めようとしたが、ヒサナは大丈夫と首を降った。
すぐに納めてくれる。あの鬼の望み通りに。

「…いいです。なら本当に丁が必要とする言い訳になるようにしてやりますから」
「ヒサナさん?」
「行きましょ白澤様」
「え、いいのヒサナちゃん」
「いいんです。鬼灯様はそれがお望みのようでしたから」

今度はヒサナが白澤の手を引きその場を離れようとする。
しかし、それを鬼灯が許すはずもなかった。



「…あ゛…うそ…!」

小さな悲鳴が周囲に上がると同時に、肩に激痛が走りヒサナは白澤から手を離し膝をついた。
そこには深々と矢が一本。

射つか、本当に。

信じられないと言った表情で鬼灯を睨むが、往来の止まった道を堂々と横切った鬼灯はヒサナのその肩に手をかけ立たせる。
更なる痛みに抵抗を見せるが有無を言わさず連れ出そうとする鬼灯を白澤が止めた。

「本当に射つ奴があるか!」
「これは私のです。白澤さんにとやかく言われる筋合いは無いですよ」
「これって…私は物ですか!」
「とにかく落ち着いて手を離せよ!」
「白澤様、怪我させられますから丁から離れてください」
「…貴女は本当に私を怒らせるのがお上手ですね。この場で還せるものなら、還してやりたいところです」

頬を捕まれぐっと顔を近付けられるが、すぐ突き放すようにその手は離される。
鬼灯は白澤の制止を力で往なして振り切ると、騒ぎに出来た人混みをヒサナを連れて押し抜けた。

20140802

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