強味の弱味

地獄のナンバー2が鬼の剣幕で迫ってくれば、何事かと皆何も言えずに道を開ける。
いつもより速い彼の歩調に引きずられるように、私は小走りになって彼の後について歩いた。

「手を離してください。一人で歩けますから!」
「そう言って離したら迷子になったでしょう」
「…丁と一緒にいたくないです」

彼の握力が増し、屋台裏の小道へ引きずり込まれる。
壁に押し付けられ、ギリッと腕を捻りあげられればとって喰わんばかりの勢いで顔を再び寄せられた。

「私から噛みついてやりましょうか?」

もう射られた肩の痛みも気にならない。
鬼灯が睨んだまま動かないのでこちらから挑発してやる。
さっきからさっきからなんなんだ。鬼灯が怒っているように私だって堪忍袋が限界だ。

「無理矢理取り込んでしまえばいいじゃないですか」
「それが出来たら、とっくにやってますよ」

おそらく鬼灯はヒサナを中に戻してしまいたいのに、この小道にも屋台の従業員が行き来するのでできないのだろう。
何故、そこまで人目を気にするのか。

「…とにかくヒサナさん。なんのつもりか知りませんが、これ以上逆撫でしないで下さい。一旦閻魔殿に戻ったら貴女を戻しますから、そしたら私も仕事ですのでしばらくお互い顔を会わせずにすむでしょう」

息を吐きながら、己に言い聞かせるかのように鬼灯が提案する。
しかしそうですねと、私はもう素直に聞き入れられなかった。

「…聞こえませんでした?これ以上丁と一緒にいたくないんですってば。戻すなら今さっさと戻してください」

捕らえられていないほうの片腕を誘うように彼の首へ回してやるが、鬼灯はヒサナの額を抑えつけて距離を保った。

「…聞いてませんでしたか?だからできないと言ったでしょう」
「なんでですか!」
「貴女が私の何なのか、誰も何も知らないからですよ」



ヒサナが現化するようになってから、鬼灯はヒサナを誰にも会わせずに来た。
部屋から出すこともなかった。
自身の人の身である姿を晒すこともなかった。

以前何故かと執務の合間にヒサナが訪ねたことがあったが、恥ずかしいからですと簡単にあしらわれてしまった。
恥ずかしいだけならここでヒサナを返す姿を見られるくらい、鬼灯の性格を考えれば怒りを伴っているのだからなんの問題もなくいつもならやってのけるはずだ。

何故そこまで『ヒサナが鬼灯の鬼火であること』をひた隠すのだろうか。

「皆が、私が鬼火だって知らないからですか?」
「声が大きいです。黙りなさい」「さっさと知らせてればよかったじゃないですか。そしたらこんなまどろっこしいことしなくてすんだじゃないですか。自分のだって言うなら、公言しとけばよかったんですよ」
「黙れヒサナ」
「じゃあなんで私が貴方の鬼火だって言わないんですか!」
「…っ言えるわけないでしょう!私が人の身になって弱体化するという弱味を露見することになるのですよ!そうなれば分離させられる鬼火であるヒサナが狙われるのは明白です。貴女を危険な目にあわせられますか!」

締め付けられていた腕が解放されたかと思うと、大きな体に抱き締められた。力の加減がなされておらず、息苦しい程。

片手で頭を掴まれ、肩に顔を押し付けられているので彼の表情は見えない。

私の為。確かに自分の問題だけならばさして気にも止めず露見しそうな彼の性分だ。
いつも鬼灯の都合に振り回され邪険にこきつかわれてきたというのに、突然の彼の本心にどう対応してよいかわからない。
胸が苦しい。しかしそれは締め付けられているせいだけではない。

「…外になんか出なければよかったんです」

それは彼の私室からか、それとも身の内からか。
それ以上鬼灯が言葉を紡ぐことはなかった。

20140803

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