目移り

色とりどりの提灯に火が灯り、暗い空間を鮮やかに照らし出す。

その下には小さな屋台の看板が光々と並び、その間を誰が決めたか二川の人の流れが行き交う細道には、ざわめきの中にどこからか響く太鼓や笛の音が響いている。

「丁!丁!たこ焼き食べたい!」

足を止めて人の流れに逆らった為に、彼女の後列者は顔をしかめて新たな流れを作る。
左手には綿菓子、右手には林檎飴を装備したヒサナが目を輝かせて衆合地獄名物と書かれた屋台を指差した。
鬼灯はキャスケットの上に被せた夜叉の面に手を添えて、数件先の屋台に目を細める。
今店番をしているのはお香だった。鋭いが節度を弁えてる彼女なら問題ないかと、鬼灯は普段と逆の用途を果たしている帽子を深く被り直して自分の綿菓子に口をつける。

「丁は財布を出しませんよと、さっき申し上げましたよ?」
「………鬼灯様、あれ食べたいです」
「その間には私も妥協すべきですかね…まぁよいでしょう。構いませんが、とりあえずその両手のものをどちらか納めてからにしてはいかがですか?」

普段は指摘しても一切正さないその呼び方を、今日は素直に直す。彼女の欲故だと言うことはわかりきっているが、その様が鬼灯には新鮮で面白い。

「うー…でも」
「逃げやしませんよ。待ってますからゆっくり食べなさい」
「はーい」

大勢が往来する道の真ん中では流石にもう留まれないと、鬼灯はヒサナをたこ焼き屋の軒下へ誘導した。
さて、と両手を見比べるがどちらも飴細工。
フワフワでボリュームのある綿飴よりは小降りで手っ取り早そうな林檎飴に歯を立てると、ガリガリと飴部分を噛み砕いた。

「仮にも、女性なのでしょう?」
「仮にもどころか正真正銘そうですけど」

もっと淑やかに食べなさいよと指摘されるが、普段鬼灯の内なる怨念を鱈腹食す性分だ。
今更押さえられるわけがない。

飴の鉄壁を噛み砕き、露出した小振りの姫林檎を一口で平らげると、唇についた飴の欠片をぺろりとなめとった。

「はい御仕舞い」
「…」
「そんな隣にいるのが嫌そうな顔しないで下さいよ鬼灯様」
「…そうですね…誘ったのは私ですからね」
「え、図星だったんですか!」
「当てに来たのではないのですか」

騒ぐヒサナを往なしながらたこ焼きを一つと注文すると、はぁいとお香は艶やかな声をあげた。

「あら、鬼灯様」
「こんばんはお香さん」
「いらっしゃいませ。楽しんでいらっしゃいますのね…あら?今日はおめかしですか?」
「ええ、現世で縁日等の視察をしている最に、どこまで通用するか研究も兼ねまして」
「こんな日でも仕事熱心ですのね。擬態薬まで服用なさって」

彼女の細めた眼に内心ヒヤリとする。
キャスケットで耳が、角が無いことを誤魔化していたが、それでも幼馴染み、はたまた女の感か簡単に見透かされる。
しかしそれをそのまま飲み込んでくれたのか、それ以上お香は追究してこなかった。
上品な微笑みを浮かべながらお香は鉄板の上の大きなたこ焼きをさばく。

そんな今までのやり取りを気にもせず、ヒサナが鬼灯の横でお香の手捌きを呆けて眺めていると、彼女がヒサナに子首をかしげた。

「今日は可愛いお連れ様もいらっしゃるのね」
「あぁ、訳あって仕事で案内してます。ヒサナさん、こちら衆合地獄主任補佐のお香さんです」
「えっあ!あのお香さん!小さい頃からいつもお世痛っ!」

すかさず鬼灯に足を踏まれ抗議の声をあげようとすれば、余計なことを口にするなと正に鬼のような形相で凄まれる。

ヒサナがいくら鬼灯の中で彼との全てを共有してきたからといって、その感覚で話をしてはならない。
ヒサナが鬼灯を通してお香を知っていても、お香にとって彼女は初対面なのだ。
仕事、と前置きをしたことで深く追究する無粋な真似を彼女はしないだろうと念を入れたのに、ヒサナがうっかり不振なことを滑らせれば流石のお香も聞かざるを得なくなるだろう。

「小さい頃からお香さんの事を人伝に聞いていたそうで、お会いしたかったそうです」
「まぁそうなの。よろしくねヒサナさん」

ヒサナが更に失言する前に鬼灯が取り繕う。
色々とヒサナを誤魔化す理由は考えていたが、今回の失言は予想外。
咄嗟の言い逃れだったが、辻褄は後でゆっくり考えればいい。

表情をなんとか保ちながら出来立ての大きなたこ焼きを受けとると、ヒサナはもう鬼灯の手中にあるたこ焼きに夢中だった。

「なんだか大変そうですわね」
「大変だけでしたらとっくに見限ってますけどね」
「その様ですね。鬼灯様も楽しそうですもの」

ですから最初に言ったでしょう『楽しんでいらっしゃいますのね』と、と思ったがお香はあえて口には出さなかった。
鬼灯はお香にではまたと一礼すると踵を返す。
鬼灯に促されヒサナもお香に頭を下げると、再び彼のあとに続いて人の流れへと足を踏み入れた。



「他者との関係を貴女に持たせなかった私にも非がありますが、もう少し頭を使って話してくださいよ」
「ほへんははい」
「食べてないで聞きなさい」

横目で背後を見やると、美味しそうにたこ焼きを頬張るヒサナは肩を落としてみせながらも幸せそうであった。
言っても聞かないのならば怒る気も失せる。
鬼灯は歩を緩めずに懐の懐中時計を取りだし時刻を確認した。
獄卒集合時刻までにはまだ時間がある。もう少しヒサナをつれ回す時間はありそうだ。

「ヒサナさん、次はどこを見たいですか?」



その問いにはいくら待っても返事はなく、懐中時計をしまいながらもう一度名を呼び振り替えると、ヒサナの姿はそこにはなかった。

20140801

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