お誘い

朝目が覚めると、鬼灯はまだ小さな寝息をたてていた。
彼の寝顔を見ると昔山の中で丁を『見つけた』時の事が未だに頭をよぎるが、それと同時にその時よりも安らかな顔に安堵する。
ヒサナは鬼灯を起こさないよう緩んだ腕の拘束からそっと抜け出ると、寝じわのついた衣服を整えた。
この人は騒々しくしなければ起きることはない。人の身に近い今の状況ならば尚更だ。
念の為本当に起きていないことを確認してから、誰もいない部屋の中をキョロキョロと見回し、おやすみなさいとヒサナは意を決して鬼灯に口づけた。

もう一度彼の中で寝直すために。








「おはようございますヒサナさん」
「……」

確かに体内に戻った筈なのだが、幾分もたたないうちに私は丁の前にいた。
いや…感覚がそう訴えているだけで、彼がパチンと閉じた時計は夕刻を示していた。

「戻るなら私が起きている時にしてくださいよ」
「ご冗談を。丁が起きてたら死んでも帰れない」

『鬼灯です』と頬をつままれるが、本当に自力で戻っても引きずり出されたのでこちらも機嫌が悪い。
鬼灯を無言で睨み付けていたヒサナだったが、ふと思えば今回呼ばれた心当たりが見当たらなかった。

昨晩はこの盆の仕事をついに片付け終えて鬼灯は床についたはずだ。だから急ぎで片付けるような仕事もない。
久しぶりにゆっくり眠れたお陰か鬼灯は普段呼び出される時よりも元気そうに見える。
そして今日から休暇だと言っていたはずだ。
確かにまだ地獄の釜や炎の刑場に火は戻っていないので肌寒いが、まだ就寝時間でもない。
何か見落としがあるだろうかと鬼灯の中に居たこの数時間を思い返すが、彼も今しがた目覚めたばかりでよくわからなかった。

「今夜、暇ですか?」

顰めっ面から問うようにヒサナが首を傾げて鬼灯を見上げれば、腕をくみ小首を傾げて鬼灯も問う。

「暇も何も、私は丁の中に帰りたいので、暇と言うか貴方の中にいるのが役割と言うか…?」
「そんなものいつでも良いでしょう。つまり外に出ればヒサナさんのお時間は自由と言うわけですよね?」

普段引きずり出して私のその時間を己が自由に扱き使っておいて今更何を言うのか。
その振り回される時間を作っているのは、他でもない丁だ。

「仕事が無いなら呼ばれても暇なだけですけど、暇なら帰りた…」
「お時間空いてますか。それは良かったです!」

演技がかった鬼灯の大袈裟な物言いに怪訝に眉を寄せる。
そのそぶりを見せるときは、決定事項を告げるときだと決まっている。

「今夜から地獄も盆の祭りなんですよ」
「はぁ、丁の中で何度も見たことがあります」
「貴女はまだ現化出来ませんでしたからね」

ヒサナが現化出来るようになったのは、薬を求めて鬼灯が白澤の元を訪れた今年のこと。
それ以前は、今のように鬼灯が疲労困憊するとヒサナが目を醒ます様なことは微塵もなかった。
だから鬼灯も自らの内の鬼火を呼び出したこともなかったし、ヒサナも丁の中に入ってからは一度も外へ出たことはなかった。

だからヒサナは祭りを知っていても、それは長い間鬼灯の中から見て共有していた記憶と感覚のみで、自らが体感したことはない。

「どう思います?」
「何がですか?」
「お祭り、ヒサナさんはどう感じますか」
「楽しそうだなぁと感じますけど」

鬼灯も鬼灯なりに毎年全力で楽しんでいるように感じられる為、振り返ってみれば自分も楽しそうだと思えることは沢山あった。
盆踊りに華やかな屋台の並び。美味しそうな匂いに活気溢れる店主たち。
祭りとは老若男女問わず皆が楽しめる、素敵な催しだと思う。

「行きませんか、今年はヒサナさんも」
「いくってどこに…」
「…話の流れからわかりませんか?」
「いやわかりますけど…」

わかるけど、何を言い出すのかこの男は。
ヒサナを私室から一度も外へ出したことがないのは誰か。
人に近くなったその姿を、頑なに他者に見せることを拒むのは誰か。
この秘密を、誰にも漏らさず過ごしてきたのは誰なのか。

全部鬼灯だ。

その鬼灯が外の、しかも普段顔を会わせることがないような人もわんさか訪れるお祭りへ行こうと言い出すなんて、誰が思うだろうか。

「疲れて頭おかしくなりました?私やその姿を見せるのを今まで嫌がってきたのは丁ですよ?」
「むしろよく眠れたので頭は冴え渡っていますよ」
「それは良かったです」
「貴方のことも、この姿のことも考えはありますのでお気になさらず。…問題点は以上ですか?解決したようでしたらヒサナさん、ご一緒にどうですか?お祭り」

再度、今度はきちんと主語も添えて再び問われる。
どうと言われても、この部屋以外は初めて呼び出された極楽満月以外勝手を知らない身。
興味がないと言えば嘘になる。
別段外へ出たいと願ったことはないが、折角のこの機会、経験してみても悪くはない。

「丁がいいって言うなら…」
「では決まりですね」

鬼灯は簡単に荷物を懐に突っ込み、キャスケットを手に取る。頭に被せる傍ら、空いた手でヒサナの腕をつかんだ。

「なんですかこの手」
「迷子になるかと思いまして」
「こんな廊下出るくらいで迷子になりませんし、丁がいつも通る道ですから私だって覚えてますよ!」

恥ずかしさに反射的に腕を振り払うと、そうですかと表情を変えずにスタスタと歩き始めた鬼灯の後を慌てて小走りでついて行く。
初めて開け放たれたホオズキの描かれた扉。覚えはあるのに自らの足でこの向こうを歩くことになるとは変な気分だ。
少しの高揚を感じずにはいられず、鼻唄混じりで彼の後をついてあるく。
盆踊りの曲ですねと言い当てた鬼灯は、ふと目線だけをヒサナへ向けた。

「そう言えばヒサナさん、眠気は大丈夫なんですか?」

言われてみれば、
多少の寒さはあるが普段無理やり呼ばれるとあれだけ眠気を訴えてくる睡魔が、今回の呼び出しには伴なっていなかった。

20140728

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