裁判が終わり静まり返った法廷で、こちらを見上げてくる鬼灯を机越しに見下ろしたまま閻魔大王が固まっていた。
別に鬼灯が睨んでいる訳ではないと言うことは長い付き合いでわかるのだが、それでも椅子に座っていなければ後ずさりたいほど気圧されていた。

「えええええー…」
「申請しますよ」
「いや従業員ならいいよいいよっていつも送り出すけど…ええー君もぉー?!」
「私だって従業員です」
「管理職じゃん?ワシボンの時申請しなかったけど」
「孫と一緒にするな」

卓上には『育児休暇願い』。
鬼灯が一年も仕事を休むとなると、地獄がどうなるかなど火を見るより明らかだ。
睨む鬼灯に大王は机上から目ですがるが、それを更に細めて見返した目で語り、却下した。

「一年も?君がいないと残されたワシと地獄はどうなるの」
「なんですかその現世の昼ドラの言い回しは。第二補佐官も居ます。他の補佐官も応援を頼めば来てくださるでしょう」
「でもォ…」
「言っておきますが、地獄とヒサナでしたら、私ヒサナを選びますからね」

本心ではないが。
どちらか、と言われたら選ぶかもしれないが、大恩ある閻魔大王を見捨てるつもりは毛頭無いので可能ならば双方選べる道を探すだろう。
こうでも言わないとこの男は折れないと、鬼灯が一番よく知っている。
閻魔大王が本当は育児休暇を出したいことも、本当に自分がいないとまいってしまうことも。
されど一年、シミュレートしてみたがどうせ自宅はあの突き当たりの部屋。
何だかんだでいつもより若干減るにしろ、誰もがあの部屋に転がり込んでくるのだろうと読んでいた。
しかしあのヒサナを思えば今は、その若干減るだけでもありがたいのだ。

「何かあればどうせ自室に居ます。いつでも来てください」
「…いいの?」
「言わなくても、来るでしょうから。どうせ法廷にも立つでしょう。しかし緊急時にヒサナの側に居られる公的な口実がどうしても欲しいんです。私事ですが、すみません」
「いや、うーん…素直にあげられないこっちが悪いから…はあ、ごめん。うん、ブラック企業って言われちゃうもんね、出すよ。育休」
「…ありがとうございます」
「いやいや、ホントに助けに来てもらうかもしれないけど。それはホントにいい?」
「いつでもどうぞ」

閻魔大王は申し訳なさそうにしながら鬼灯の届けに目を通す。
鬼灯はとりあえず形だけの育休を得られそうで、ほっと一つ息をついた。
ヒサナは育休を申請したことをよく思わないかもしれないが、アレは本当に自己管理がなってないというよりも『できない』のだ。
鬼灯はもうそのように捉えることにした。
しろ、と言っても生前からなのか鬼火ゆえなのか解らないが、自己に関しての意識が欠落していると見る。
それが今は己とはまったく別個体の赤子の世話までしなければならない。
他人のことには人並みに目を向けることができるようだが、只でさえ自分のこともできないのに赤子まで抱えて、自身の事が今以上に疎かにならないとは誰が言い切れるだろうか。
あの神獣ですら苦笑いして首を振るだろう。
二度も消えかけたのだ、三度目がないとも言い切れないし、古来より日本には諺がある。
ここはそんな日本の地獄。

二度あることは三度あり、三度目は正直なのだ。

三度目が、前科と同等の結果であるとは限らない。
それが、鬼灯にはとても恐ろしいのだ。

「お祓いとか、した方がいいんですかね」
「うん?」
「いえ、こちらの話です」

鬼灯の独り言に顔をあげた閻魔大王が、お祓いと聞こえた気がしたようなと考えながら、視線を準備していた書類へと戻す。
子どものかな?と思いを馳せながら、ふと思い出し大王は再び鬼灯へと向き直った。

「そう言えば、名前決まったの?」

瞬きと同時に、鬼灯はこくりと頷いて見せる。
誰の事かなど、聞くまでもなく問われている人物は一人しか浮かばない。

「ええ、決まりましたよ」

彼の、名前は、

20181125

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