一年と半分
※名前変更の2項目にある欄で子どもの名前を設定してからお読みください。未設定の場合はデフォルト名『篝(カガリ)』になります。
「篝」
ヒサナが我が子の名を呼ぶと、まだ足元のおぼつかない幼子は振り返った顔をぱっと明るくほころばせて走り出す。
駆け寄る姿に未だ危なっかしさを覚えつつも、その場で屈んで待てばニコニコと懐に飛び込んできた。
「あーさ」
「そうだよお母さんだよー。あー…世界一かわいい……」
「誰でも言いますよねそれ」
ヒサナが腕の中の我が子をぎゅうと抱き止めて溺愛していると、ぽつりと鬼灯が口にした。
「鬼灯様は違うんですか」
ヒサナがこの鬼は本気か、というように顔をしかめて鬼灯を見上げる。
鬼灯は一つ頷いた。
「世界一可愛い『子ども』だとは思っていますよ。勿論」
「はい?」
「子どもの括り限定だと言ってるんです。ええ、子どもの中で世界一うちの子が可愛い。しかし括りを取っ払ったら世界一可愛いのはそこの鈍い女性なのは譲れません。我が子と言えど申し訳ないですが二番手です」
「なん…なん…っ」
「ああ、これは流石に察していただけましたか。何よりです」
顔を真っ赤にしていれば鬼灯が鼻で笑う。
篝が生まれて一年半が経とうとしている。
篝はどんどん語彙も増え独り歩きもするようになって成長しているというのに、ヒサナは鈍感なままだと。
もう多くは望まないからせめてヒサナも自己管理ができるようになりませんかね、と鬼灯は度々口にする。
自分もどうにかしたいとは思うのだが、もう数々の前科然り。
根本的にその回路が抜け落ちているのではないかというほど自意識に欠けるので、鬼灯もそろそろ諦めなければならないのかとぼやいていた。
「あ、う……ほら、言われたことも意識できないポンコツ鬼火ですよ。私そんなに可愛くないですよ」
「可愛いですよ。馬鹿な子ほど可愛い」
「そっちですか?!」
衝撃に手を緩めたヒサナの懐を抜けた篝が寄って来たので、鬼灯はそれを軽々と抱き上げた。
ヒサナとは違う視線の高さに、まんまるの黒い瞳をキョロキョロと興味津々に忙しなく動かしている。
喜んでいるようだ。
「さて、帰りましょうヒサナ。そろそろ夕飯の支度をしなくては」
「あれ?今日鬼灯様が作ってくださる日でしたっけ?」
「離乳食のプリンのレシピを試してみたくて。作っていいですか。」
「わあ手の混んだものを…っ。ありがとうございます。お陰で篝の卒乳も早くてほんとにありがたい…」
凝り性の鬼灯が離乳食もマスターしつつある。
お陰で篝の離乳は1歳に至る前にあっという間に終わった。
離乳させられても篝がせがまなかったのは個性によるところかもしれないが、今の所なんでも美味しく食べてくれているので本当に手が掛からなくて助かる。
「じゃあ私達のご飯は私が作りますね鬼灯様」
「……二人で台所に立ったら誰が篝を見るんですか。今日は私が作りますからヒサナは篝と遊んでいて下さい」
「ではお言葉に甘えて…ありがと───」
『うございます。』
の言葉が続く事はなかった。
鬼灯に唇を塞がれたからだ。
「ほっ?!!」
「お礼はこれを頂きます」
「お礼!?これでいいんですかというか子どもの前で何やってるんですか!?」
「これが、いいんです。ごちそうさまです。篝にはまだわからないでしょう」
「わからなくても、わからないからこそ何やってるかわからなくて変なこと覚えちゃったらどうするんですか!!」
言いたいことがうまく言えてるかわからなくなってきたが慌てふためいたヒサナが騒ぐ。
その慌てっぷりを愛しいなと思いながら鬼灯は篝を抱いて先を行く。
すぐ様カラコロとヒサナの下駄の音がついてきたのできっとふくれっ面で後をついてきていることだろう。
そんな両親のやり取りを見ていた篝は、鬼灯の肩越しにヒサナを見つめたままゆっくりと息を呑んだ。
20200622
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