相互理解

「終わりました鬼灯様、出られます?」
「滞りなく」

先に私室で身支度を済ませていたヒサナは寝台から立ち上がり、法廷から戻った鬼灯を迎えた。
鬼灯は持ち帰った書類を重たい音をたて机へと降ろし、腕を組んで彼女の問いに答える。

「さぁ、行きますよヒサナ」
「一人でも行け…」

行けるのに。
そうため息混じりに過保護だと口にしようとして、鬼灯の視線に気づき慌てて口をつぐんだ。
そんな人を殺さん勢いで睨まなくても良いではないかと、取り繕うようにヒサナは愛想笑いを返す。

「…行けないから、同行してくださるんですよね。はい」
「流石の貴女でも記憶できていて何よりですよ」

視線をけしてヒサナから外さずに鬼灯が扉へと歩むので、その動作が若干どころかかなり怖い。
ヒサナはそろりとその後へと続いた。

ヒサナが回復したかどうか、やはりあては極楽満月しかなくそこへ見せにいくという話になった。
ヒサナ自身も腹の子も、問題はないかどうか。
確かに必要不可欠なことであると、珍しく鬼灯からの件の薬局を訪ねるという提案にヒサナも同意したが、そこでここまで何度も事を大きくさせた者ならばその口から二度とでないであろう単語をヒサナは簡単に口にした。

『独りで行ける』

等と。
その言葉を聞いた時の鬼灯の怒り様に、失言どころかもうその言葉は二度と口にすべきではないだろうという気を流石のヒサナにも植え付けた。
…筈なのに先程再度口にしかけたのでその記憶力にも問題はあるが。
とにかく、今まででもなんとかヒサナを信じて送り出していた鬼灯から、とうとう彼女から目を離すという選択肢が除外された。

「極楽満月へいくのはいいんですね?」
「嫌っていてどうにかなる問題でもありませんからね。同伴できるなら我慢しますよ」

そうして部屋の戸を閉めると同時に鬼灯に手を引かれる。
ひんやりと冷たい手。
彼のその体温を感じられることが、自身が良好であることを表すと同時に鬼灯に大事に思われている事もじんわりと伝わってくる。
恥ずかしいやら嬉しいやら、ヒサナは歩調を合わせてくれる鬼灯に並んで閻魔殿をあとにした。



「待ちたくなかったけど、待ってたよ」
「白澤さんにしては賢明な判断です」

事前に訪ねることを伝えてあったというのに、開口一番に睨み合うのはどうかとも思うがと、ヒサナは険悪な鬼灯の隣でため息をついた。
毎度の二人の事だが、悪態をつくだけですんでいるのだからいい方か。
店の奥から顔を出した桃太郎もヒサナと同じ考えのようで、お互い目があって苦笑いを返した。
さっきまで嬉々と鬼灯と繋いでいた手が、今はいつ握りつぶされるかと力を込められハラハラする。
感情の変化にあわせて働く己の心臓も変化に忙しい、等と考えながらヒサナは鬼灯の手を軽く引いた。

「鬼灯様、いつまでも戸口に立ってても迷惑ですよ」
「……そう、ですね」

ヒサナを見て何か思い至ったようで、鬼灯は白澤とのやり取りをすんなりと絶ち、家主を押し退けて店内に入る。
白澤の苛ついた怒声を聞きもせずに店内を見回して空いた丸椅子を見つけると、鬼灯はヒサナの脇を抱え上げて座らせた。

「いつまでも立たせていてすみませんでした、疲れたでしょう」
「…ん?いえ、そういうわけでは…」
「天国の気候といえど長時間外気に触れさせるのもどうなんでしょう?どうなんですか白澤さん」
「うわ…出たよ、挙げ句監禁するやつだこれ…」
「本屋でも寄って帰りますかね」

そう言って育児本について独り言を始めた鬼灯に、白澤の声は聞こえなかったのか、聞き流したのか。
前者であってほしいと、既に己の失態のせいで白澤の言う事態になりかねない状況であることはなんとなく察しているヒサナが乾いた笑い声を上げた。

「まぁ身重で態々来てくれたんだし、ヒサナちゃんの事は心配だし、診察しようか」
「変な真似するなよ」
「しねーよ!さ、始めよっかヒサナちゃん」

悪態もそこそこに、ヒサナの前に椅子を引き寄せ勢いよく座り陣取った白澤の口がにんまりと弧を描く。
鬼灯はヒサナの隣で腕んで突っ立ったままその様子を見守った。
そうして白澤は目を凝らす。
人の成りをした二つの目の他に、隈取りと化している七つの瞳を。
目の前の腹の中の小さな気が、彼女がここを出たときと変わらずに生気を伴っている。
見るたびに祝福する気持ちと、どこか奴に似た波長からの嫌悪感を感じるが、この子に罪はないと自らに言い聞かせた。
そうして注意深く観察したが、ヒサナも赤子も特に気に乱れは出ておらず良好そのものであった。

「問題ないね」
「…そうですか」

白澤の言葉に、初めて鬼灯の気が緩んだ気配を見せた。
声音に察したヒサナが見上げると、安堵した様子で鬼灯が彼女を見ていた。

「つまり問題なのはヒサナの行動だけですね」
「…しつこいですね、もうしませんって」
「どうだか」

そんな柔らかな空気は一瞬の事。
見下ろされる効果が相乗された、冷ややかな視線がヒサナに刺さる。

「何?何がどうしたのヒサナちゃん?」
「あ…ええと、今回の一件の…自業自得と言いますか…」
「あー…流石にいただけないからね」

刑場に入るという時点で。
火の妖怪だと言っても、如何な鬼神鬼灯の鬼火だとしても、彼女は獄卒でも何でもない一般人は一般人なのだ。
なんとかできたとしても、その考えは浅はかであると白澤ですら思う。

「…すみませんでした、もうしません」

白澤の言葉に再度反省の意を示せば、何故かすぐ隣の怨気が増幅した。
何故その火を燃やすと、ヒサナは根源である鬼灯を見上げた。

「どうしたんですか鬼灯様」
「奴の言葉には、素直だなと」
「ええ…そんな事で嫉妬されましても…」
「私がどれだけ言っても屁理屈ばかりごねたくせに」
「鬼灯様との問答があったから今こうしてちゃんと過ちを認められてるんですってば!そんなここでごねたら反省してないじゃないですか私」
「あのさぁ、夫婦喧嘩は他所でやってくれる?」

犬も喰わないと続けた白澤の言葉に、ヒサナが真っ赤になって向き直る。
改めて夫婦と言われることに、まだ慣れていない。
居心地の悪そうな照れた様子。
その反応が初々しく可愛らしいなと、白澤は至福そうな笑みを浮かべて彼女の頭部に手を伸ばした。

「で、どうだった?」
「ど…どうとは」
「無事に奴のもとに還っての妊娠報告は、どうだったかな?」
「ああそっちですか。喜んでくれました…白澤様の言った通り」
「ね、心配なかったでしょう」

伸ばされた手は途中で鬼灯にはたき落とされ届くことはなかったが、前回ここで白澤からもらった元気をまた得ることができた。
気持ちまで左右できるとは流石吉兆の神獣か、はたまた持ち前の性格故なのか。
その性格すらも神獣故のものなのかもしれないが。
そんな神様の祝福が伴われていたはずのはたき落とされた手の代わりに、ぐしゃぐしゃとヒサナの頭部を撫で付ける大きな手。
ため息混じりに吐き出された鬼灯の言葉に、ヒサナは申し訳なく思った。

「ほら、相容れない白澤さんですら私の事を理解してるのに、誰よりも長年連れ添い生涯を誓ったうちの嫁はどうして私の気持ちがわからないんですかね。残念極まりない」
「本当にすみませんでした」

20170419

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