お預け

鬼灯は見るからに難しい顔をしていた。
もともとそういった表情は何も取り繕わずに露見させる方だが、理由が理由なのでヒサナも隣でどんな反応をしたものかと苦笑するしかない。
一方天敵の反応を目の当たりにした白澤は、笑みを深めて椅子の背もたれに体を預けて座り直した。

「ヒサナちゃんが大事だろ?」
「あたりまえです」
「じゃあ承諾するんだな」
「……っ」

悔しそうな、苦虫を噛み潰したようなそんな顔で歯をくいしばれば軋む音が響く。
鬼灯も聞き入れなければならない事はわかっている。
しかし、すんなりとはどうしても受け入れられない心情。

「…仕方がありません」
「懸命な判断だね」
「ヒサナの為ですからね…」

そうして横目でヒサナを見やる。
視線を流しただけなのに、ものすごい勢いで睨まれているような目付きで。

「夫婦の営みが制限されるのは寂しいかと思いますが、我慢してくださいね」
「私はなんにも寂しくありませんから鬼灯様が頑張って下さい」

昨晩抱かれたばかりなので幸いにも食べ悪阻に思考回路が犯されておらず、正常な判断ができる。
故にヒサナは顔を真っ赤にして首をふって否定した。

「ヒサナと子どもに…何かあったら困りますからね…善処します」
「善処じゃなくてしっかりしてください鬼灯様。駄目です駄目です」
「そうだよ、ヒサナちゃんが食べ悪阻で求めてくるならいいけど、大体悪阻は妊娠初期に収まる人が多いからな。お前の都合で抱かないように気を付けろよ」
「つまりヒサナが求めてくださればいいんですね、いつでもどうぞ」
「……こっ…子ども育てるのに必要ですから、それは仕方がないですけども!そんな恥ずかしい真似…」
「してたじゃないですか」
「ぎゃーやめてください!!」

要は胎児と母体に悪影響を及ぼす恐れがあるので、只でさえ鬼灯の激しい性行為を制限されたのだ。
鬼灯は二人を思えばこそ、それこそ苦渋の決断でそれを了承した。
…筈なのだが、まだ何かと手段を探しているところを見ると完全にふには落ちていないのかもしれない。
それを察したのだろう、白澤が怪訝な顔で鬼灯を睨んだ。

「お互いの体質的に必要な行為だけど、激しいのは厳禁だからな」
「チッ…わかってますよ」
「ほら怨気つのらす!はいダメー!ヒサナちゃんが必要としてるなら仕方ないけど、必要最低限に納めるよう努めろって言ってんの。お前が悪鬼に落ちないようにとか、常日頃怨念煩わせないように気を付けろよ」
「ヒサナが怨気の枯渇はもちろん、副作用である愛情過多になったらどうします」
「だからヒサナちゃんが求めるなら良いってば。それに子どもが食べ……あーそっか!!」
「黙れ煩い殴りますよ」

ヒサナの視界の端で金棒が振るわれてから鬼灯の声が聞こえたのは、音速と光速等の差だろうか。
こんな至近距離で花火みたいな現象が起こるわけがないと、ヒサナは自分で突っ込みを入れながら壁に吹っ飛ばされた白澤の安否が心配で立ち上がる。
立ち上がろうとして、その肩を鬼灯に押し止められてかなわなかった。

「座ってなさいヒサナ。身体に障ります」
「お前こそ大人しく座ってろよ僕がもたない!」
「すぐ再生するだろ大袈裟な。…で、なんですか」

有無を言わさず力づくで黙らせたくせに、聞いてくるとはなんなのか。
何様だと思い血を拭いながらも、悲しいかな腐っても知識の神。
理不尽さよりもたどり着いた可能性を話したくて仕方がなく、白澤は口を開いた。

「発熱しないわけだよ」
「ボケたか。子どもも摂取しているからでしょう」
「そうだけど違うんだよ。そもそも房中術で摂取しても燃焼できてるなら、ヒサナちゃんは平熱に戻るだけでいい筈なんだ」

怨念を糧として生きる彼女なのだから、それを正常に燃焼できているならば健康体であるべき状態に戻る筈である。

「それなのに、なんで食べ慣れていた怨気を摂取するための房中術で発熱していたかわかる?」
「…私の愛欲が、怨念を喰らう彼女には毒だったからでは」
「その通り」

食べ慣れていたものを食べている筈なのに身体に異常をきたしている以上、以前確認された不純物の可能性。

「ヒサナちゃんが還れなくなった原因のお前からの愛が、房中術による怨念の強制摂取で結局一緒に供給されちゃうから高熱で無理矢理馴染ませて対処してた。でも今はその発熱を伴ってないってことは、彼女が愛情に蝕まれて無いことになる」
「妊娠してから…発熱はしていませんね」
「そう、発熱は怨念じゃなくて愛情からきてたんだとしたら、つまりお腹の子が怨念だけじゃなくてヒサナちゃんが処理できない愛情を摂取してるんじゃないかと思うよ」

白澤の見解を聞いて、ヒサナは無意識に腹に手をあてる。
確かに、妊娠してから身が軽い。
それこそ自ら鬼灯を求めてもなお足りないほどに。
もし本当にこの子が愛情も食べているのだとしたら、怨念だけでは無くその足りない想いを補おうとしてあんなにも求めてしまうのもあるのだろうか。
なんて、恥ずかしいことは死んでも言えないので胸に秘めたままヒサナは己の腹を見た。

「羨ましいですね…。この子は、愛情を受けられる子なんですね」
「こんなに愛してるのにまだ足りませんかヒサナ」
「わか…っ!わかってます知ってます知ってます!」
「…貴女が二人分摂取しているように、この子も摂取してくれてるんでしょうね。流石私達の子、親思いのできた子です」
「気が早いですけど…そうですね。あれ、でも今は私のお腹の中に居るから平気ですけど、生まれたらこの子は怨気と愛情どうするんでしょう」

ふと軽い気持ちで口にした疑問。
口にしてから、ヒサナは己が受けてる摂取方法諸々考えてあまり軽い問題ではないように思えてきた。
鬼灯とヒサナの子であるこの子は、現状ヒサナと同じものを必要として命を成しているが。
それは男二人も同じ考えに至ったようで、暫しの沈黙が流れ顔を見合わせていた。

20170430

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