いかないで

気付けばいつの間にか天井を見つめていた。
いつから目を開けていたのかは定かではないが、細く開けていた瞼をゆっくりと芝叩かせれば、視界は瞬間遮られ瞬きの感覚が確かにある。
体が、別物のように連絡系統との疎通が図れない。
首を動かしたいのだが思うように動かず、指先すら意のままにならない。
なんとか動かせる眼球を天井から反らすと、これまたぼんやりとした聴覚に別空間に居るような錯覚を起こしそうになる周囲を見回す。
薄汚れた土壁に木造の天井。
室内か、見たことのない場所であると確認しながら今度は視線を反対側へ。
そこには、目の端に捉えただけでも一目でわかる黒い鬼が顔を俯かせていた。
その額には、角の僅か下に握り締めらた手が押し当てられている。
誰の手だろうか、等と考えそれが自分の手だと認識したのと同時に、ヒサナの手に痛いほどの圧迫感が生まれた。
鬼の力で絞めるなと思うのだが、ふと様子がおかしいことに気がついた。


泣いてる?


微動だにしない鬼灯の姿をぼんやり眺めながら、そんな気がして名を呼ぼうと思ったのだが唇も動かなければ声も出ない。
自分はもう死んでしまっているのだろうか。
確かに見えているのにまるで、そう、鬼灯の中に居たときの感覚に似ている。
五感全て感じるのに、自らの意思で動くことはできない。
はて、先程もこんな感覚を覚えた気がすると朧気に考えるがそれが何処なのか定かではない。
体感というか、状態ではなく状況の方で。
悩みながらまた一つ瞬きをして、ゆったりと訪れた暗闇に既視感を覚える。
何も感じない、暗がりの広がる水底のようなこの世界。
ああこれだと、今度は目蓋を故意に閉じてみた。
とても居心地がいいような気がして、ヒサナはもう一度その世界に沈もうと体を動かそうとしていた力を抜いた。


チリッ


瞬間、右手に火が触れたような痛みが弾けて顔をしかめ目蓋をこじ開ける。
横目で確認すれば、火と思ったそれは手の甲に食い込む鬼灯の爪のようだ。
手の内に熱を感じたと思ったのだが、しかし爪を立てているのは甲なので勘違いかと内心首を捻る。
ヒサナは鬼灯の声を聞いたような気がして、じっと彼を見つめていた。


「大嘘吐き」


俯かせた長い髪の間から辛うじて覗く口許が小さく動き、低く掠れた声が漏れる。
それと同時に、鬼灯はため息混じりに更に額にヒサナの手を強く押し当てた。

「ヒサナなんか、信じなければ良かったんです」

酷い言われようだが、自業自得かとヒサナは胸が痛む。
故意では無いにせよ、何度この鬼の信用を裏切れば気が済むのだろうか。
故意であったならば、とっくに鬼灯は何と言おうと手を離さなくなっていただろうし、何だかんだ言いながらも自由にさせてくれていたのはそれでも信頼してくれていたからだ。

「言ったでしょう…貴女を手放す気はないと。…誰が勝手に逝っていいといいましたか、嘘吐き」

ごめんなさいと、内心謝罪の言葉を述べる。
でも本当に貴方の元へ還るつもりだったのだと、それだけは本当なのだと、次第に歪んできた視界でしっかりと鬼灯の姿を捉えていた。

「ヒサナの馬鹿」

鬼灯の言葉と同時にヒサナの瞳から一筋涙が溢れた。
握りつぶされそうなほど手をとられ、痛みに呻き声が上がるところだっただろうが自由が効かないことが幸いした。
ヒサナは涙で歪む世界で鬼灯を抱き締めてやりたい衝動に刈られるが、今は到底無理そうで。
代わりになんとか指先を動かして握り返そうとするのだが、力を込める鬼灯には気付かれなかった。

「…ヒサナ」

名を呼ばれて苦しくなる。
鬼灯の声を聞いていたいのに、また瞼が重くなってくる。
そうして、また手のひらに火を感じる。
先程より手の内に感じる熱も弱くなってきたように思う。
やはり手のひらに熱が灯ると、余所事のように考えながらヒサナは鬼灯を見つめていた。

このまま置いて行くわけにはいかない。

目を閉じて楽な闇に溶けてしまいたい想いもあるが、この男を一人残していけない。
ふと、その想いに再びの僅かな既視感。
それがなんだったのかやはり思い出せないのだが、ヒサナは楽になりたい想いよりも、この鬼灯を置いていく辛い思いの方が遥かに勝った。
闇に熔けるのは楽で簡単なことだが、この想いを抱えてゆくのは自分には難儀だった。

「……ほ」

この身で包むことが叶わないのならばせめて名を。
声になったのかわからなかった。
息が漏れでたような音にしか聞こえなかった。

それでも、鬼灯が顔を上げるには十分な異変だった。

20160416

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