「………………あれ?起き上がってこない」

白目を向いて倒れているその人物を私はこわごわ見つめた。
スクアーロさんなら秒で立ち直るのに……。

「なまえ」

「は、っはい」

いきなり名前を呼ばれてどきりとした。
ザンザスさんは人差し指をくいと折り曲げて私を呼んだ。

「そいつをいつまで付けとく気だ」

「そいつ、………」

その存在を思い出した瞬間青ざめる。色んな意味で。

「くっ、くも、ばくだ」

「んなもんはハッタリだ」

「え」

「だが毒がねぇとは言い切れねぇ」

「え!!」

「来い。取ってやる」

蜘蛛を刺激しないようにそろそろとザンザスさんに近付いた。
蜘蛛は今私の肩のあたりにいる。

「お、お手数かけますが、お願いします」

ザンザスさんは何も言わず、コォォッと右手に炎を宿した。…………炎、を……
炎?

「カッ消す」

「いや死んじゃう!!」

生まれて初めてザンザスさんにツッコミをかました瞬間、視界の端で蜘蛛がさかさか動き、視野外へ…………首元から何かが背中へ落ちた。

「ぎっ「るせぇ!騒ぐんじゃねぇ!!」っ、っっ……!!っっっ!!!!」

悪役のような台詞で私を黙らせたザンザスさん。私は彼の言葉通り騒がず、今にも漏れそうになる絶叫を飲み込んで、顔芸のみでこの絶望をザンザスさんに伝えた。「ブハッ」笑われた。酷い。

「と、って、くだ、さい」

「じゃあとっとと脱げ」

「もうつらい!つらさしかない!」

そりゃ一度は風呂場で見られた身体だけども!!日本女子の羞恥心舐めないでほしい。大和撫子万歳!
しかし、確かに背中にいる。

「絶対います!!!」

「脱げ」

「う、ぐ……うっ」

私は躊躇った。めちゃくちゃためらった。
でも背に腹は変えられぬ。っつっても今守りたいのは切実に背中なんですけどね。
脱ぎましたとも。
すーすーと肌を撫でる風やその他諸々の羞恥から隠すように腕を前に重ねて、ザンザスさんに背中を向ける。

「寄れ」
「ぐっ……」

泣きそうになりながらザンザスさんに背中を晒す。
下着はつけてるとはいえ、どんな罰ゲームだこれは。
ザンザスさんが見つめてるはずの背中が燃えるように熱い。

「ザンザスさん……は、はやく、とって…」
「動くんじゃねぇ」

ぴとりと、ザンザスさんの指がうなじに触れる。
思わずびくんと飛び上がってしまった恥ずかしさで俯くと、床に落としたパジャマが目に入った。
その襟首でちょこちょこと蠢く、黒い塊。

「ザンっっ、……!!!!」

抗議の声を上げかけた私の背中を、ザンザスさんの人差し指がつううっと撫で下ろした。
ぞわぞわしたものが全身を襲い、抗議の代わりに情けない声を上げながら、私は思わず床にへたりこんでしまう。

「な、っなにするんですかぁ…!」

振り返って睨むと、小首を傾げて顎を撫でるザンザスさんに見下ろされた。暗闇に浮かぶ赤い目が怪しく光る。……あ、こりゃあかん。私は直感のまま目元を拭った。濡れていた。

「ザ、ザンザス待っ」
「待たん」

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