結局。私の部屋に忍び込んだあの男が敵の主犯格、しいてはボスだったらしく、事件はあっという間に収束へと向かっていった。

「え.....イタリアに.....ですか」

随分と久しぶりに感じる我が家でコーヒーを作っていた私は、思わずその手を止めた。
一件から一晩明けた次の日のことである。

「あ゛ぁ。予定より早く標的を消せたからなぁ」

「ま、お前が色んなとこから狙われんのは変わんねーけど、情報操作は上手いことしといてやったから」

「情報操作?」

「涙川なまえは名前と顔を変えて南フランスに移住。日本には残党狩りを目的にボンゴレの術師が潜伏中≠チてな」

「じゃあ.....」

「そ。お前は今まで通りここで生活してオッケー。護衛は前と同じで、影でこっそり俺達が請け負うから」

ベルは俺達と言ったがそれは彼らのことではないのだろう。幹部クラスのザンザスさんやスクアーロさんやベルが残っては、せっかく流した情報に信憑性がなくなってしまう。

「それは.....」

随分突然ですね、と続けながら私はコーヒーをカップに注いだ。

「あっちでも仕事が溜まっちまってるしなぁ」

「王子はもうちょっとガッコー行ってても良かったけどな」

「そういえば吉田君ベル子さんのこと好きって言ってたよ」

「まじ?さすが俺の肉体美」

「おい」

今まで黙っていたザンザスさんは眠っていなかったらしい。「出てけカス共」と一言。
何か言いたげに立ち上がったスクアーロさんは、ザンザスさんにひと睨みされて仕方なさげに扉へ向かっていく。

「ったく.....行くぞ、ベル」

「へーい」

「あっ、コーヒーは」

「貰ってくぜぇ」

とコーヒーカップを手にした彼らはリビングから出ていく。「沢田の家にいる。用が済んだら呼べぇ」と言って先方の許可も取らずに乗り込んでいってしまった。

「.....」

ザンザスさんの前にカップを差し出すと、彼は無言で自分の前の席を顎で指した。私ももう何も思うことなく従う。
ザンザスさんの紅い目にひしと見据えられながらも怯えなくなったのは私としては大きな前進だ。

「ザンザスさん」

私は椅子に座ったまま、膝に額がつきそうなほど頭を下げた。

「私が今からいうこと、聞いていてください。.....聞いててくれるだけで、いいんです」

ザンザスさんは何も言わない。
そりゃそうだ。私が聞いていてと言ったんだから。

「私、.....皆さんが、守ってよかったと思える存在になりたかったんです。だって、そうでなければ、きっと貴重なあなた達の時間に申し訳が立たないから」

顔を見ずにこんなことを言うのは失礼だ。分かっていても顔を上げることは出来ない。

「けど、いつの間にか…...守ってもらうとか、そんなのどうでもよくなってて、.....あは、変ですよね。私.....わたしね、ザンザスさん、
楽しかったんです」

怒るだろうか。
彼らにとって迷惑極まりないこの状況を、私が少しだけ楽しんでいたと知ったら。

「そりゃ、怖いこともあったけど…...家族が増えたみたいで、とても楽しかったんです」

気の置けない相手と過ごすことがこんなにも楽しいものだなんて知らなかった。
彼らと過ごした一週間は苦い思い出だけではない。お別れが済んだら、そう簡単に会える人達出ないことも分かっているから、もう少し一緒に居たいと願ってしまいそうな気持ちを私は認めないわけにはいかなかった。


「ザンザスさん.....あの」

俯いたまま口を開いた私の前でザンザスさんが動く気配がした。頭に手のひらが置かれ、ぐっと抑えつけられる。つむじに何かが触れた。すぐ近くで聞こえた声は、やっぱり泣きそうなくらい優しい。


顔を上げた時、ザンザスさんはもう居なかった。白昼夢でも見ていたかのように、そこにはいつも通りの景色が広がっている。
じわり、じわり、視界が滲む。

「.........うっ、うううっ、えっ.....ッ...うわぁーーーん!!」

大声で泣いた。
だって、彼が言ったのだ。


ーーー五秒したら泣け。

ーー今日だけは、俺が守りに立ってやる。



「ひっ、ひ.....ううー!!ザンザ、すさん、ベル、すくっ...スクアーロさ、いっ、やだよーーー!ま、また会いたいよー、うう、怪我し、ないで。死んじゃやだ、絶対やだよーー!!」

ひとりぽっちの部屋に私の泣き声だけがワンワン響いて、情けないのに、大声を出すたびに胸がすっと透明になった。いつもは飲み込んで言わないことも口にした。テストがきらいなこと、本当は自炊なんてしたくないこと、お母さんに会いたいこと、一人がいやなこと、.....小さく降り積もった不安まで全部全部吐き出す。

ザンザスさんがどこかに居てくれる。その安心感が、私をどこまでも正直にした。






泣き疲れて眠った私が目を覚ますと、美味しいカレーの香りがして、オレンジ色の暖かい光の中にお母さんとお父さんがいた。
飛び起きて抱きついた私に、二人はただいまのキスをする。

「やっぱりあなたが気になって早めに帰ってきちゃった。ほら、お土産もあるのよ!」

「寂しかったかい?僕らの可愛い子......おや?」

私の顔を見たお父さんがきょとんとした顔をして、
「今日は泣かないのかい?」
と尋ねた。
横でお母さんも目を丸くしている。

私は笑って頷いた。
その時間は、もう十分彼らが与えてくれたから。

「泣かないよ!」

だから今日からは笑うのだ。
いつかまたあの人達と会った時に今度は胸を張って言えるように。

「わたし、泣き虫卒業したの」

泪の刺青
交わることのない糸と糸が、
ほんの少し重なった五日間の話

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