私は一人、ベッドの中でため息を落とした。


「何であんなこと言っちゃったんだろ」


私を守ってください。なんて、言われなくてもそうしてると怒られてしまって当たり前なのに。

ザンザスさんは、何も言わなかった。

「……」
きゅっと胸がしまるような思いがして、私は毛布に潜った。

「…………早く、帰ってきて、ザンザスさん」


口に出してそう呟いたときだった。
かちりと音がして、扉のロックが開いたのが分かった。
ぱっとベッドから起き上がった私は、すぐに顔を強ばらせた。…………足音、しない。ザンザスさんは、出掛けて帰ってきた時、必ず足音を響かせてこの部屋までやってくる。そうしてくれる。


「…………っ、」

私は張り裂けそうなほど鳴る心臓を押さえながら、護身用として持たされていた銃を握った。

ドアノブが静かにまわる。
扉が、開いた。

「っ、だっ、誰!!?」

拳銃を向けた先には誰もいない。
ひくりと喉が鳴ったその瞬間、私は髪を鷲掴みにされて床へと突き飛ばされた。


「うっ、つぅ……!!」

「あれぇ?おっかしーなぁ、俺の予想じゃ、君はそんなの持ってないはずだったんだけど」


痛みをこらえて目を開けると、そこにはフードを被った見知らぬ男の姿があった。その顔は、右半分が火傷で爛れてしまっている。
ゾッとして血の気を失った私は、震える声を絞り出して、男に尋ねた。


「…………私を、殺しに、来たんですか」

男は私の問いかけに、首をかしげてきょとんとした。ぞわぞわ、ぞわぞわ、背中を冷たいものが過る。


「殺しに?なんで?」

「だっ、だって、ずっと………狙ってた!じゃ、ないですか」

「そりゃそうだよ。だって、君を早く俺のものにしちゃいたかったからね」

「!?」

「ねえ、覚えてる?君が10才の時、俺、君のこと誘拐したんだよ。」

男はにんまりと笑みを浮かべてそう言った。
言い様のない恐怖に、吐きそうになった私は必死で冷静を保っていた。

(ああ、見たこと、ある)

十歳の時、

覚えてる。
ずっと、夢だと思ってた。


「ずっとボンゴレの、あいつらが邪魔してて会えなかったけど。俺、自己流で蠱術学んでさ」


指先を何かが這い上がるような感覚がした。目を向けると、そこには巨大な蜘蛛が長い足を蠢かせているところだった。

「っ!!!!」

「動かしちゃダメ」

声も出せず、振り払おうとした手はいとも簡単に男に掴まれてしまう。
蜘蛛がじわり、じわりと腕を伝い上がる感覚がする。もう、恐怖と悪寒でどうにかなってしまいそうだ。

「いい子だね。動かないでね。爆発させちゃうから」

「……ばく、は」

「そ。蜘蛛の身体に小型の爆弾が仕掛けてある。君にもやってみせたでしょ?」

「、?」

「あの時はペイント弾だったけど、今回は爆弾だからね」




怖い。


「あ、泣いちゃう?泣いてもいいよ。ほら、ねえ早く」


泣かない


「あいつ、どんな顔するかな。」
男の手が私の頬を撫でた。顔がどんどん近付いてくる。恍惚とした、狂喜で歪んだ顔が。


「昔殺し損ねた奴に、獲物を奪われたって気付いたら」


私はかちかちと震える手で銃を固く握った。手のひらに柄が食い込む。痛い。冷たい。怖い。恐い。
男が上げた軽快な笑い声は、間違いなく、私を嘲っていた。

「セイフティが外れてないよ。それじゃ、撃てないでしょ?」

「、っ、…」

「持ち方も知らない。殺し方も知らない。なまえちゃん、それ、詰みって言うんだよ」

「違う!!!」

絶対泣かない
絶対逃げない……


ザンザスさんが、助けに来てくれるまで。


「殺し方なんて、こいつが知る必要はねぇ」

「!!」

私たちの上に影が落ちた。

男の笑みが固まった瞬間、彼のこめかみに固い靴の爪先がめり込み、私の視界から吹っ飛んで消えた。この間、約2秒。


「詰みはてめぇだ。ドカスが」

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