急いで沸かしたお風呂にベルが入っている間、私は晩ご飯の支度をしていた。ザンザスさんは何を考えているのかよく分からない顔でソファにでんと座っている。付けっぱなしだったテレビは彼が「煩ぇ」というので消してしまった。正直、気まずい。

「…」

「……」

「…ザンザスさん」

「…」

「晩ご飯はなにがいいですか」

だいぶ間を空けて、肉、とだけ返ってくる。
肉…か。私の得意な肉料理と言ったら肉じゃがかハンバーグくらいだ。
でも果たしてこの…いかにも風格ありげで、舌が肥えてそうなザンザスさんに庶民の味など合うのだろうか。
不味いと一蹴されて、ちゃぶ台返しが如くテーブルをひっくり返されたりしたら私はもう泣かない自信がない。ついでに今後彼とやっていく自信もなくなる。


「手…ぬけないな」

「たりめぇだ」

声に出てしまっていたようだ。

ピンポーン

「あ、ちょっと出てきます」

「…おい」

『涙川さーん、宅急便でーす』

「はーい!」

ぱたぱたと駆け足で玄関に向かう。ザンザスさんに呼び止められた気がしたけれど、申し訳ないが少し後回しにさせて頂こう。玄関ポーチの明かりをつけ、サンダルをつっかけて玄関を開けると、チュンッと私の右頬を何かがかすった。
遅れて鋭い痛みと、たらりと何かが垂れるような感覚。尻餅をついた私の前には、銃を手にした大柄の男が立っていた。


「涙川なまえだな」

「…ぁ、」

「死ね」

轟音と共に目の前がまばゆくオレンジ色に輝き、私に銃口を向けていた男の人は、うちの玄関もろともたちまち黒こげになって吹き飛んで行った。私はパラパラと焦げた門扉が崩れていく様を見つめる。何が起きたんだろう…今の一瞬で。

「ドカス!」

声のする方に首を向ける。リビングの扉の前ではザンザスさんが、今しがた一仕事終えた愛用の拳銃をホルスターに収めているところだった。その表情は苛立たしげで、私は命が助かった安堵感よりも先に彼の恐ろしさに首をすくめた。

「うかうか敵を招き入れるような真似してんじゃねぇよ。テメェがいつまでもその温ィ考え方してやがるなら、俺達がいくら護ったって無駄だ。
テメェが命狙われてる自覚ぐらいはちゃんとしやがれ…!!」

ザンザスさんの言う通り、だ。

「ご、…めんなさい…」


何やってるんだろう、私。さっきあんな事があったばかりなのに、私の周りは敵で溢れてるって思い知ったばかりなのに。確認もせずに扉を開けたりして…。
これでは確かに、ザンザスさん達やツナ達が助けてくれる前に死んでしまう。

「チッ…」

ザンザスさんは玄関に座り込む私の二の腕を掴んで立ち上がらせリビングに押し込んだ。自分はまたソファに荒々しく腰かけ、上着の内側から携帯を取り出した。

「俺だ。家のドアを至急作り直せ。鍵も増やせ。いいな」

それだけ告げて通話を終えたのと同時に、リビングの扉が開かれた。
首に白いタオルをかけたベルが不思議そうに入ってくる。

「なー、何アレ?玄関ねーんだけど。……ってボスどっかいくの?」

「出る。こいつをちゃんと見とけ」

「ざ…ザンザスさん」

「飯はいらねぇ。とっとと寝ろ」

ぴしゃりと言い放ってザンザスさんは部屋を出て行ってしまった。あり?不機嫌じゃね?と首をかしげるベルの横で、私は放心する。

――怒らせてしまった。
私が不甲斐ないから。
強くなると決意した時ザンザスさんはどこか喜ばしそうだったのに

(裏切って しまった…?)


「なまえ?」

「え!ああ、…ベル」

「何があったわけ?話してみ」

「な、何にもないよ」

「何もないわけねーじゃん。言えって」

私はベルに促されるまま椅子に座り、長い沈黙の末に事の成り行きを話した。話してみると、どう考えても私が悪い。不用心すぎて心が痛む。
話し終えた時、ベルにもこってり怒られる覚悟をしていたのに、ベルは笑った。
「何だ、そんな事かよ」だって。

「そんな事って…」

「次きーつければいいじゃん」

「…あ」

「そんだけだから」

ベルは頭を拭きながら「腹へったー」と冷蔵庫に向かって行く。

そっか。
次気をつけたらいいのか。

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