12.9.30 アプリコットとシルバーフレーム
「……はあっ」
ずっと止めていた息を一気に吐き出したかのように、私はかちこちと秒針が鳴る部屋で今しがた読了した本を見つめた。
それは、自分の大好きな作家さんの新刊で、二人の少年が謎を解いていくオムニバス形式の連作もの。
見所は勿論探偵役の少年が鮮やかに謎を解決するところ、だけど、助手役の少年のほのぼのとした日常シーンがあってこそで。それに、助手役の少年の甘酸っぱい恋愛もようも人気を博している。
私がこのシリーズが大好きなのは、作風があってこそであれども、探偵役の少年がとある人に似ていたからなのである。
かち
耳慣れたメロディが時計から鳴り出していることに気づくと、大切な用事を今しがた思い出した。
「……いっけない!今日バイトだああっ!!」
シフトで入れられた時間まであと僅か。例えバイト先が目と鼻の先とは言っても、家でごろごろとしていたおかげで何一つ準備ができていない自分がいて、慌てて洗面台まで走ったのだった。
***
「ぎっ、ギリギリっ」
(せーふ、?)
「アホ、ギリギリアウトだっての」
毎度耳にする安定した低温ヴォイスを響かせている、自分にとって現在進行形で恐ろしい青年。このバイト先での店長が不満げにそこに居た。
「て、店長」
「なぁ、ネコ。俺の大嫌いなもんを教えてやろうか?ひとつ、ミステリーでの他者からのトリックと犯人のネタバレ、ふたつ、人の話を聞かずに行動してミスる奴、最後は時間通りに行動できないやつだ」
「すっ、すみませえええええんっ!!」
指折り数えて提示してきた店長に腰をひくくして謝るしかなくて、私が悪いんですけどもね、実際そうなんですよね……。
はー、と溜め息をつかれ、「在庫確認」と一言。何度も繰り返すのが嫌いな店長を更に苛立たせるのは何より嫌だから、大きく返事をかえして倉庫に向かったのだった。
……倉庫の中は店内と違って散乱している。
掃除嫌いで掃除音痴な店長がアルバイト第一号な私を雇った理由も、偏にそれが関係していたりする。洋館のような外見に惹かれて入った中身が、埃と蜘蛛の巣でまみれて積み上げられた本のなかで埋もれる店長がいただなんて誰が想像するんだろう。
「あーっもうっ、マスクほしいなぁ」
けほけほと埃を吸い込まないように注意しながらも、言いつけ通りにリストに不備がないか確認していく。
こういう、狂いがないか、とか、なんていうかしっかりしてなきゃいけないとこはなんだかんだいって神経質に完璧なのに、人間らしいとこがしっかりしてないのは店長の残念なところだと思う。
(……ホームズ先生も、あの探偵役の少年も片付け嫌いだったっけ)
本人たちは分かるところに物があるからいいんだ、って言い訳しそうだけどね。
ふと、店長が私の前ではじめて見せてくれた「なぞとき」を思いだす。
突然なくなった傘、突然現れた女の子、床一面にちらばったビー玉たち。
結局、真相は傘置き場が隠れきってしまっただけで元の位置にあったことだとか、女の子が現れたのも傘同様店の構造がへんてこおかしいからだとか、ビー玉に関しては単に私が気づかないうちに容器をひっくり返しちゃってて、それを勝手に2つの謎に 関連づけて考えてただけ、だとかなんだけど……。
そのときの店長があの「少年」に似ていて、だから私は此処で店長のなぞときを見守っていきたいと願ったわけなのだ。
まあ、ゆりあちゃん(私が見つけた女の子)の扱いにも困ってたそうだし私の家も近かったから意気揚揚といろんなものを押し付けられたんだけどね!!
「てんちょーお、在庫不備ありませんでしたよーっ」
「まあ俺が確認したんだし当然だけどな」
「……じゃあ頼まないでくださいよっ」
「なんか言ったか」
「なんでもないです〜〜!」
探偵役には助手が必要なのが定石ですもんね?
だから、私はそれまで動くことのない店長を支える助手でいられたらなあ、なんて思ったりもするわけです。
店内の雰囲気にあったアンティーク時計は、かちこちと針の音を鳴らしているのでした。
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ねねこ:エネコ♀
店長(繭糸):クルマユ♂
掃除できない探偵役は外せないと思います(きらきら)。
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