12.5.27 スーベニア
あたしの移動範囲はとても狭い、同僚の彼には敵わないけれどカントー中を旅している人達から見ればあまりにもこじんまりとしているに違いない。
まあ、現状況を気に入ってるし旅をしたいとも思わないから別段気にするところではないんだけれど。
「えぇっと、この草はここら辺だったっけ……」
うーんうーんと地図とにらめっこしつつざくざくと森を進む。
トキワの森、常葉の森。四季が来ても青々とした木々が見れるこの森では、一般的な薬草が多い。
基本お月見山に生えている薬草を採取しているあたしだけど、あそこでとれるものは少し珍しいものばかりだから、よくこの森へと足をのばしている、というわけなのだ。
「大体、とときさんも人使いが荒いわ。外に出たくないからっていつもあたしを足につかうのやめてほしいなあ……、まあ調合が上手いのはとときさんだから結局あたしが薬草を採取してこなきゃいけないんだけ、どっ」
ぶつぶつと独り言でも呟いてる姿はなんとも不気味なことだろう、それでも寂しさを紛らわすためにはこうでもしないとやってられない。
時折虫よけスプレーをかけながら、足元に注意しつつ進んでいく。森の中は虫ポケモンがたくさんいて、草タイプのあたしに効果がばつぐんだから念入りに吹き掛けなければならない。独特のにおいは鼻にツンとくるけれど、我慢だ我慢。
そうこうしてる間にどうにか目標の薬草をゲットすることができた。ここで迷うと後戻りができない。
戻ろう、と来た道を引き返そうとすると、いつもは聞こえない声が遠くから響いてきた。
「……なに?」
ざわざわざわざわ
草木が、木々が、森が揺れている。
なに、これは、なに。
揺れがピタリ、と止まると同時につんざくような超音波が耳に突き刺さる。キイイィイイイン、と頭が割れるような音にあたしは思わずしゃがんで頭を抱えた。
痛い!痛い!!
超音波はキリキリと脳を刺激して、まるで泣いてるように鳴いている。それから、その音の中に小さな小さな音を出したのだ。
今度はピタリ、と超音波が止んでまたざわざわざわざわ、と森が揺れはじめる。
「さっきの声って」
たすけて、と小さな小さな声が超音波の中でまじって聞こえた。その声はか細くて今にも泣きそうで、耳に残る綺麗な声。
ここで、帰ってもいい。むしろ帰るべきなんだろう。昔に「森のことは森の者たちが解決しなければいけないのさ、だから下手に近寄っていこうなんて思っちゃならない」と言われたことだってある。
でもここで見捨てたらあたしじゃないんだ、あたしはここで『助けに行く』。
頭の中で「君はやはりお節介だね」なんていうとときさんの声が聞こえたけれど、「だってあたしですからね」とかえして走り出した。
------
泣いている子の声がどこからしたのかは、バタフリーたちが教えてくれた。
超音波の送信元は大量のバタフリーたちの叫び、断続的に続く耳なりのようなそれを聞く度にやはり非常事態なのだとわかる。
急ごう、と走る足を早めると徐々に大きくなる誰かの声。
その方向に足を進めると、黄色の少女が二人。
「たすけて、たすけてやってよ。カナンが、カナンが!」
一人は多分超音波の中で聞こえたきれいな声、ぼろぼろと涙をこぼしながらもう一人のぐったりとした女の子を見ている。
そのもう一人を見て、あたしははっとした。顔色は悪く青ざめ紫まじりで、呼吸はかぼそく浅い。
典型的な『毒』の症状なのだ。
意を決して二人の元に近づく、泣いていた子は身構え威嚇してくるけど、患者が第一だからスルーさせてもらう。
使う薬草はいつも持ち歩いているのと、さっき摘んできたもの。
ごりごりと薬を作り出したあたしに気が削がれたのか、女の子はぽつりと喋りはじめた。
「……それ、薬?」
「そうよ、毒けしの薬ね。あたしの名前はなずな、この子の危機に辺りが泣いているものだから、ここへかけつけてきたの」
「オレは、クリュウ。こっちはカナン……」
「クリュウとカナンちゃんね。唐突で悪いけど、どうしてカナンちゃんは毒を?」
手際よく薬草を潰しながらクリュウに問い掛ける、カナンちゃんの息は浅い、でも毒がまだ浸透しきってないはずだからまだもつはず。
あたしの問い掛けになにか口に出そうとしては口をとじ、それを幾度か繰り返した後、観念して真実を話しはじめた。
「……オレが悪いんだ。カナンに花を見せようとして、急いでいったらバタフリーたちの群れの近くだったみたいで驚いたそいつらがどくのこなをあたりにまきちらして、毒タイプのオレは無事で、電気タイプのカナンが」
ぐ、と拳を握りクリュウは俯いた。確かにクリュウの不注意だ、それでも彼女が全部をしょいこんでしまわなきゃいけないほどだろうか?
……考えたって仕方がない。なにより、あたしが『薬屋』がいるんだから何があったって助けなきゃならないんだ。
心配そうにあたしを見つめるクリュウに、一言。
「助けてみせるよ」
君の友達は、絶対に助かるからね。
------
出来上がった飲み薬を弱り切ったカナンちゃんになんとか飲ませると、青白くなっていた肌はピンクを帯びた肌色を取り戻していった。ここまで持ち直したなら、もう大丈夫。
「あとは目が覚めるのを待つだけ、毒はぬけきったよ。致死量になるくらいの毒じゃなかったのも幸いだったね」
「ほんと、か」
「嘘つくわけないでしょ」
それを聞くとクリュウはぺこりとあたしに頭を深く下げた。
「ありがとう、アンタがいなかったらどうしたらいいかわからなかった」
「え、いやそれはいいんだけどもね。ううんと、その、……頭をあげてほしいなあ」
「でも、」
「うん、クリュウの気持ちもわかるんだけどね。でもね、もういいのよ。あなたが全部抱え込む必要なんてないんだから」
ね、と促すと小さくうん、とかえす声をきいた。
あたしは納得してなさげなクリュウを見て、この子が今日のことに責任を感じて償わなければいけない過去、そう思うことがなければいい、そう願う。
「もうそろそろ行かなきゃね」
「カナンも起きてないのに?」
「うーん、カナンちゃんが起きてから行きたいところなんだけどさ、ほら、もう夕闇が現れる頃でしょ? 月が出てきてしまわないうちに家に帰らないと、迷って帰られなくなるかもだもの」
森を抜けて町ひとつちょっと行った先にあたしの家がある、ここから出てからちょっと行くだけ、ではあるけどもやっぱり夜が来てしまう前には帰っていたい。
その旨を伝えると、クリュウは思案した後にあたしの掌の上に小難しい文字が書かれた紙切れ――お札?をのせた。
「これ持ってると野生のポケモンと遭遇しづらくなるから。あと虫よけのにおいに悩まされることはなくなるんじゃねーの?」
「え、これ貰ってもいいの?」
「何枚か余りはあるから、別にいいって。あと、これで帰れなくなったってのじゃ後味悪いからこれも」
「ミサンガ?」
「あなぬけのひもから作ったやつな、つっても本当にお守り程度だから」
「……ううん、お守り程度でも、ありがとね」
右手にミサンガをつけると、それだけで頼もしい気もしてふふ、とあたしは笑った。
「じゃあ、今度こそ」
「ああ――ありがとう、な」
手を振り帰る、後ろは見ない。
またクリュウに会えるだろうか、カナンちゃんの瞳を見ることはできるんだろうか。
あたしはきゅ、とお札を抱きしめて帰路についた。
------
数年経ってあたしはまたこの森に足を運んだ、何故数年経ってからなのか、とかいうのは薬草を採りにこれないひとつの理由があったからなんだけど、そこら辺は割愛。
ざぁ、と風が木々を揺らす。森の奥に足を運ぶことはない。
「なずな?」
「あ、バナード」
「探したよ、まさかここにいるとは思わなかったけどね」
肩にかかるくらいの髪を揺らしたあたしの恋人は、ふぅ、と息をはく。結構探されてたのかもだ、ごめんね。
木々はまだざわめいている、でも、あのときとは違う。
あの子たちは元気かな。
未だ切れることのないミサンガをつけてあたしはそう思った。
--------
なずな:パラス♀
ととき:バタフリー♂
*クリュウ:スピアー♀
*カナン:ピカチュウ♀
*バナード:フシギバナ♂
(*:子猫のうたたねより)
一万打記念、未里さんより「お任せ共演」でのリクエストでした。お任せということでパラレルパラレルしつつのお子様お借りさせていただきました……!!
タイトルのスーベニアは思い出の意、より。
リクエストありがとうございました!これからもお子様共々拙宅をよろしくお願いします。
↑back next↓