断片(+本編とリンク)
12.11.9 まだ癒えない

  最近の天候は今にも泣き出しそうで、それなのに必死に笑って隠そうとしている姿が彼に似ていた。


  そろそろ冬物を出すべきかと、百合は先日撮り終えた仕事で思ったものだ。夏が過ぎたと思えば秋物の特集が始まり、某国の収穫祭が終わったかと思えば次は聖誕祭だのと毎年この時期は忙しい。無宗教を掲げていることを理由に貪欲にイベントを楽しむ人の輪に、もちろん自分も含まれているが、とりあえず楽しんだもの勝ちなことは確かだろう。

  昨日泰劉君がぼろぼろな姿になって帰ってきた。愛用しているコートは焼け焦げた跡があり、煤と傷で全身を覆って「ただいま」と、苦しそうに笑っていた。
  点々とコートに染み付いた赤黒い色から、思わず自室に連れ込んだのは仕方のないことだと思う。
  なんにせよ――目が覚めても尚微動だにすることのない彼が自分は心配なのだ。

  しょりんしょりん

「……百合、さん」
「なにかしら、泰劉君」
「なに、剥いてるの?」
  ぽそぽそと途切れ途切れに話すのはいつもの彼の癖で、その間ずっと天井を見続けている。いつまでたっても人と目を合わせることが苦手なのも癖のひとつ。

  しょりんしょりん

「これはね、運命の果実なの。落ちることも、転がり落ちることも、かじられることも、支えとなる芯を投げ捨てられることも、熟れて腐ることも知っている紅色の果実よ」
  するすると皮を向いていく作業はこの手に慣れ親しみすぎていて、今ではどれだけ細く長く繋げることができるのか自己満足の挑戦を続けている最中である。
  紅色の薄皮から見える本来の果実の色合いは、蜜を集めすぎているのか橙が強く、少しだけ熟れすぎていてあまり百合の好みではなかった。とはいっても、貰い物のひとつであるこれになんら罪はないうえ好みで切り捨ててはこれから先が困りものだ。
  そう、ベッドの上で無言のままでいる彼がいるからか、ついつい思考が明後日の方向へ向かっていく自分に、軽く溜め息をつく。


「ねえ泰劉君。私はまだあなたのことをきちんと知らないし、理解できてない。果実の傷む理由はわかっても、残念ながら近くにいるあなたの心は読めないんだ。……早くなくていいの、もしその痛みが焼け焦げるくらいになってしまったら、私とリオンちゃんにどうか言ってちょうだい」
  皮を全部剥き終えて口にいれやすいサイズにカットしていく。百合が話すのを止めると吐息がうるさいくらいの静寂が続いた。

  引力で引き寄せられた目の前の物体と同じように、心を痛ませた彼と自分達が会ったことだって運命論上のものなのかもしれない。
  それなら、薄皮から連想させられる炎だって、もう寂しさを灯すことなんてないはずだ。

「剥けたよ」
  いつかに見てしまった彼を思い出して、百合は果実を飲み込んだ。



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百合(ももせ):アブソル♂/拙宅
泰劉(てゆ)さん:ギャロップ♂/ハワしゃん宅

百合はただ、痛みをどうか叫んでほしいだけ。


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