9.かくして傲慢に戦場は染まる

「そして今朝、私達が起きた時にはもう彼女はいなくなっていたんだ。その盗賊のアジトを破壊しに行ったのかもしれない、ああ、あの子ならやりかねん」
「で、ボクはそのモルジアナって子と、アラジン?って子を助ければいいってことね!」
「ああ、うちのアラジンもよろしく頼む。アイツは俺達の大事な仲間なんだ」
「二人を助けた後は火事でも起こして盗賊を追い出すよ。そうすれば隊商(キャラバン)はバルバッドへ行けるよね?」
「それが出来ればいいが……しかしお前さん、本当に報酬はそれだけでいいのか?」
「うん、ボクから求める条件は二つ。ボクをバルバッドに連れていくことと、バルバッドに着いてからの生活費五日分。移動中の食費やらはここで働いて稼がせてもらうよ」
「傭兵団の仕事を一人で肩代わりするにしても、盗賊の棲家に単体で乗り込むにしても、どう考えても交換条件が釣り合わないと思うが……」
「お金には困ってないから」
「……はあ、腕っ節が強い奴は言うことも違うのかねぇ」
「私達も一度は言ってみたい台詞だな」

感心した様子の隊長二人に曖昧な笑いを返した少年は、言葉通りの意味なんだけどな、と誰にも聞こえないような声で呟いた。こういうのは言わぬが華だ。

「二人を頼むぜ、坊主」

とん、と両側から肩を叩かれ、「任せて」今度は紅燭も屈託なく笑った。小さくても力があれば一人前として認められるこの世界を彼女は気に入っていた。

紅燭は、隊長や数人の屈強な隊員と共に盗賊の棲家へと向かっている。一見ひ弱そうに見える少年の実力に最初は半信半疑だった隊員たちも、傭兵団を纏めて伸したら紅燭の同行を快く承諾してくれた。――屈強な男達を足蹴に欠伸をかました少年を周囲が畏怖の目で見ていたことは言わずもがな、である。

「あ、お姉さん……えっと、ライラさんと、サアサさん、だっけ」
「合ってるぞ。なんだ?」
「さっきボクを援護してくれたよね。なんで?」

戦いを申し込んだ紅燭に、「こんなガキと戦えるか」「小さい子供を雇ってもなあ……」と渋る傭兵や商人たちを、判断するのは戦ってからでも遅くない、と説得してくれたのはライラとサアサだった。紅燭としては舐められるのも相手にされないのも慣れっこだったので、こうして初対面の他人に真っ向から試されるのは新鮮であり、同時にどうしても違和感があったのだ。

少年の問いにライラとサアサはお互いの顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。

「人は見た目で判断しちゃいけないって、ある男の子に教わったの」
「そうそう、まあ強いのはアイツじゃなくて、笛の中にいる青い巨人なんだけどな!」
「今頃はどうしているかしら……」

笛の中に巨人?とつい首を傾げたくなるところだが、紅燭にはひとつ心当たりがあった。とんだ不思議な現象も迷宮(ダンジョン)攻略者ならその限りではないのだ。おそらくその青い巨人とやらは金属器のジンだろう。

「(ジンが直接出てきて戦うなんて聞いたこともないけど……)」

そういうジンもいるんだなあ、で済ませてしまえる紅燭の頭はコトコト茹でた蒟蒻くらいの柔軟さを持ち合わせていた。

「あそこだ!あれが盗賊のアジトだ!」

隊員の一人が遠くの砦を指差す。距離はまだ遠く、ごつごつした岩がぽつんと存在している程度にしかわからない。紅燭はラクダにムチを入れて真っ先に列を飛び出した。慌てたような声を背後に、すっと目を眇める。

「……様子がおかしい」

少年は程なくして砦の麓に辿り着く。見張りはバタバタと慌てている様子だったので、小さい体を生かして楽に中へと入り込むことができた。それからも慌ただしい盗賊の目を避けながら、月明かりだけを頼りに奥へ奥へと進んでいく。紅燭は牢屋と言えば勝手に地下だと思い込んでいたのだが、そういえばよく場所をわかっていなかったことに漸く気が付いた。

いっけね、とお手軽に盗賊の一人を確保。首元にナイフを当て、あえて高い声で囁く。

「ねえねえ、牢屋の場所ってどこにあるか知ってる?ついでに鍵の在り処も教えてくれると嬉しいなあ。えっ、知らないの?じゃあ別のこと教えてよ。そうだなあ……あ、ねえ、人間の中身ってどうなってるのかなあ?知ってる?脳ってどんな仕組みだと思う?ええ、それも知らないの……?そうかあ……、でもさ、おじさんを捌けばわかるよね?牢に関する記憶もきっとあるだろうね?どこら辺にあるのかな。ぐちゃぐちゃにしちゃえばでてくるかな。ああはやく知りたいなあ」

かくして平和的に牢屋の場所を聞き出し、ついでに現在の状況について奴隷の一人に足枷や手錠のほとんどの鍵が奪われて盗賊たちがてんやわんやしていることを親切なおじさんに教えてもらった紅燭は、御礼におじさんの喉元を綺麗に咬み切ってから真っ直ぐ牢屋に向かった。

――これは彼の知る由もないことだが。練紅燭に出会って苦しみもなく終われるのは、比類して見れば甚だ幸福なことであるといえた。

「こっちです、お頭!」
「早くしろっ!」

地下牢に向かう途中で聞こえた会話。曲がり角に隠れ、様子を伺う。地面の扉の周りを取り囲むのは、眼帯をした(かしら)と呼ばれる男に、手下が四人。

「逃げられたら大損じゃねえか!絶対逃がすな!捕まえろ!」
「ハイッ!!」
「出口を塞げ……幸い地下牢の出入り口はここ一つ。そして、地下に麻痺毒性の薬草を焚いて充満させろ。気を失わせて奴隷を捕獲。ファナリスとかいうバケモンは、おっかねえからすぐに殺してしまおう!」
「わざわざご説明どうも〜」

眼帯がぎょっと後ろを向くと同時、彼は頭に強い衝撃を受けて昏倒した。「頭っ!!」優男風の男が眼帯に駆け寄り、残りの三人が襲撃者を睨む。盗賊たちの視線を受けて少年は満面の笑みを浮かべた。

「てめぇ……なにモンだ!!」
「あ、今はそういうのいいから」

それ焚かれるとちょっと困るんだよねえ、と少年がつぶやいたとき、その足元には三人の男が転がっていた。眼帯に付き添っていた優男が恐怖の滲んだ目で少年を見上げる。「こっちだ!」「奴隷の確保を急げ!」怒号と夥しい足音が聞こえてこなければ、彼らが眠ったまま目覚めることは永劫なかっただろう。




「えーっと、モルジアナさん、アラジンさんいらっしゃいますかー」

やる気のない病院の受付が診察待ちの患者を呼ぶような声が壁を叩いて反射する。よって紅燭が「わ、扉ぶっ壊れてるし」と牢屋を覗いたときには、そこにある全ての視線がぶすぶすと彼女に突き刺さることになった。

けれど紅燭は石ころがどこを向こうと気にしない。どうやら石ころたちは鍵を順番に回して手錠を外しているところのようだ。じゃあ例の二人ももう自由の身かな、と牢中を不躾に見回す少年の前に、牢の奥から姿を表した赤髪の少女が立ちはだかる。

「……私たちのことをご存知なんですか」
「じゃあ君がモルジアナさん?力持ちで?壁を素足で駆け上がるっていう?わー、とてもそうは見えないや」
「………」
「なんで微妙な顔するの?」

紅燭の与り知らないところでモルジアナはまったく同じことを言われたばかりだった。

「……その腕に持った草は?」
「上で盗賊から取り上げた!血に濡れてもう使えなくなってるけど、焚くと麻痺毒性の煙が出るんだってー」
「!?なんて恐ろしいことを……」
「ああ、それより早く出た方がいいよ。地下牢唯一の扉だっていうからおもり(・・・)を乗せて来たけど、もうもたないと思うし」
「あなたは……、いえ、わかりました。――みなさん聞きましたか!手錠は後でもいいです、急いでここを脱出しましょう!」

紅燭としてはモルジアナとアラジンとやらを助けることができれぱそれで良かったのだが……まあ、手間は大して変わらないし、と早々と説得を諦めることにした。いちいち訂正して納得させる面倒や、彼女の恨みを買って今後隊商(キャラバン)での居心地の悪さを鑑みた結果でもある。

「残りの鍵は袋に回収して持ったぜ」
「脱出ったってどーすんだ。牢屋の外には盗賊共が待ち構えてるんだろ」
「一斉に飛び出せばびびるんじゃねえか?」
「ここに来るときあの砦のデカさを見たのか?盗賊の数はたぶん俺達より多いよ」
「こっちにはモルジアナもいるし大丈夫だろ」
「モルジアナにばっか負担かけさせてらんねーだろ!」
「あっ、見ろよアラジン!鍵の袋の中に笛があったぜ!」
「それだ!!」

男の手から五芒星の描かれた笛が青髪の小さな少年に手渡された。あの子がアラジンというらしい。

「(なんとなくジュダルに似てる?……いや、アイツよりアラジンって子の方が優しそう)」

「いくよ、ウーゴくん!」
「あ、ちょっと待てアラジン、」

アラジンが笛に息を吹き込むと、反対側から出てきたのはむきむきの青い腕。そこからにゅるにゅると胴体や足が現れて、あっという間に逞しい男の肉体が現れた。その全長は普通の人間の三十倍ほど。当然ここは地下牢なので、巨人の体は天井にぶち当たるわけで。

「うおおおおおお!?」
「きゃあああああああ!!!」

人々の頭に降り注ぐ瓦礫をモルジアナが蹴って防いでいく。ファナリスは宙を舞うこともできるのかと紅燭は感嘆した。しかしそれより彼女の心を奪ったのは上半身の半分が天井に突き刺さった青い巨人だった。笛に潜む超重量の肉体も物理的に力を貸すジンも聴いたことがない。アラジンの“ウーゴくん”は少女の好奇心と研究本能を引きずりだしたのだ。

「アラジンくん!アラジンくん!」
「え!?な、なんだい!」
「私も頑張るから……!協力するから……!その笛と巨人、後で研究させてね!!」
「研究?あ、ちょっと、」

ヒートアップした紅燭とモルジアナの健脚、ウーゴくんの活躍により、盗賊の掃討は恙無く行われた。叫び声の止まないその砦は、隊商(キャラバン)の隊員達によりこう名付けられたらしい。――“冥府の城”。

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