もやもやとしたまま眠りについたのであろう彼女の寝顔は不安げで、広い布団の隅っこで小さな体を丸くしていた。彼はその隣にもぐりこんで、彼女を起こさないよう抱き締めながら、柔らかな髪をそっと撫でる。すると小さな子供が甘えるように、彼女はそっと擦り寄ってきた。彼は思わず笑みを零す。

「ここにいるよ」

優しくそう呟けば、彼女は眠りについたまま、安心したように微笑んだ。


二十四、再び里へ


翌朝、いつものように白子を見送った渓は一人きりで縁側に出た。いつもならすでに猪が居て、やいのやいのと騒がしくなるというのに、今日はなぜか猪が居ない。昨夜の事もあって渓も少し警戒してはいたのだが、猪が居ないとそれはそれでなんだか寂しい。出会ってまだたったの二日だというのに、思ったよりも猪という存在に支えられている事を実感した。

この日は天気がよく、木々が覆う里の中にも夏の強い日差しが突き刺さっていた。いつもは涼しい日中も、今日は夏を感じるくらいには暑めだ。気持ちのよい風もふわふわと吹いている。渓は特に何もする事がなかったので掃除と洗濯を済ませ、いつもよりも凝った食事でも作ろうと台所へ向かう。そんな時、玄関がガラガラと開いた音がしたので、渓は猪かと思って玄関に向かった。

案の定、玄関からやって来た猪がいたのだが、いつもと同じように女装した美しい姿で佇んでいた。渓は驚いて目を丸くする。昨夜、猪は男であることが分かり、渓もそれを認めている。だからこそ、もう女装した猪の姿を見ることもないと思っていたのだ。何事かと思って渓が猪を見つめていると、猪は渓を見ていつものように美しく微笑んだ。やっぱりその笑顔にはどきりとさせられる。

渓がその笑顔に当てられて何も言えずにいると、猪はゆっくりと玄関に膝を突いた。そして綺麗に三つ指を揃えて、深々と頭を下げる。あまりに突然の事に頭が追いつかず、渓は言葉も見当たらないまま様子を見つめることしか出来ない。そんな渓に視線を送る事もなく、猪はゆっくりと口を開いた。

「渓様、先日の度重なる無礼を心よりお詫び申し上げます」

真面目な声でそう言われ、渓は息が詰まった。猪は続ける。

「長と渓様の為を思ったとはいえ、出すぎた真似をしてしまいました。渓様のお心に負担をかけてしまった事は、全てわたくしの責任です」

そう言って、猪はガバッと顔を上げる。紫色の美しい瞳が渓を射抜いた。渓が射竦められた様に動けずにいると、猪は自身の着物の袖に手を突っ込んだ。

「かくなる上は…!」

そしてその袖の中から取り出したのは、木の柄で出来た小刀だった。それを見た瞬間、ようやく渓の思考が動き出す。当然、一瞬のうちに青ざめた。

「かくなる上はこの猪、切腹して渓様にこの覚悟を…!」
「わあああ!?猪さんっ!猪さん落ち着いてくださいっ!」
「止めないで下さい渓様!猪は…渓様に嫌われてしまっては、猪はもうこの世に生きる価値などないのです!!」
「嫌ってないです!許しました!もう許しましたから!!」

猪に駆け寄った渓は、今にも泣き出しそうな顔で必死に縋りついた。早くとめなければ、という気持ちでいっぱいいっぱいになりながら猪の小刀を取り上げようとすると、先程まで緊迫していたはずの猪の表情がころっと変わる。いつものように余裕たっぷりの綺麗過ぎる笑顔を見せながら、楽しげに言った。

「あら、だったら切腹する必要ありませんわ」
「へ?」
「だって渓様がお許しになってくださったんですもの」

うふふふ、と笑って、頬に指先を上品に当てながら猪はびっくりするほど綺麗な顔で言った。そして小刀を袖の中にしまってさっさと立ち上がると、ずけずけと家の中に上がる。玄関に座り込んだまま呆然と渓がその様子を見つめていると、猪は渓を振り返って不思議そうな顔をして首を傾げた。

「渓様、そんなところに座り込んで、どうかされましたか?」

お召し物が汚れてしまいますから早くお戻りになってくださいね、と続けながら、猪は我が物顔で居間の方へと消えていく。そうだ、白子が言った通り、猪は『そういう奴』なのだ。渓は頭を抱えながら盛大な溜め息を零した。

「…嵌められた…」

渓は一人そう呟いて苦笑する。こんなにからかわれて本当は腹立たしいはずなのに、どうしても猪が憎めないのは幼い頃から兄のように慕った人の姿と重なる部分があるからだろう。平気で人を振り回す、身勝手で明るい自由な人。今頃彼も会津で治療を頑張っているのだろう。

きっと猪は、わざといつもの時間に来なかった。そして「猪が来ない」という不安を渓に与えてから現れて、わざとあんな事をしたのだ。そうすれば簡単に渓の口から「許す」という言葉をもらえると分かっていて。

何もかも計算ずくの猪にきっと自分はこれからも振り回されるのだろうと感じながら、渓はゆっくり立ち上がった。そしてすうっと息を吸って、居間にいるのであろう猪に向かって声を上げる。

「猪さーん!許してあげるかわりに、明日から毎日お掃除とお洗濯手伝ってくださいね!」

やられてばかりもつまらないので、たまには仕返ししてやろうと思った渓はそう叫んだ。猪はひょっこり居間から顔を出して、あからさまに嫌そうな顔をする。

「げ、本気ですか渓様」
「本気です。そのかわり猪さんの分のご飯もきっちり作るので、それは安心してください」
「えー…それは嬉しいけど毎日掃除やら洗濯やらするのはちょっと…」
「じゃあ今日の事、小太郎さんに云い付けますね」
「う」

猪はぐっと押し黙った後、観念したように息を吐いて、吹っ切れたように声を上げた。

「あーもう!分かりました分かりました!明日から毎日お手伝いさせていただきますよ!」
「はい、よろしい」
「んもー、適いませんわ」

そう言って猪は笑った。その顔を見て、渓もしてやったりという顔で楽しそうに笑った。

急遽食事作りを変更した渓は、猪と縁側でお茶を啜る。相変わらず女装している事を不思議に思って理由を尋ねれば、返って来たのはなんとなく、という適当なものだった。しかし猪の事だ、きっと見知らぬ男性の姿だと渓が無意識に警戒するのではと懸念して、わざわざ女装しているのだろう。それをあえて言葉にはしないだけだ。なぜなら猪は『そういう奴』なのだ。

それを猪らしいと思えるようになったあたり、自分も案外猪に馴染んでいるな、と渓は思う。空になった湯飲みを置いて、木々が覆い尽くす空を見上げながら緩やかに流れる穏やかな時間をのんびり過ごしていると、不意に猪が口を開いた。

「そうだ渓様。里のご案内がまだ済んでおりませんでしたから、今日は里の方へ行ってみませんか?」
「そういえば里の人達って、私が行ってもいつも通りに過ごしてもらえるようになったんですか?」
「はい、その件に関しては長が直々に手を回して下さいましたわ」

猪の返事を聞いて渓は少し考える。そして伺うように猪を見ながら、ゆっくりと口を開いた。

「歓迎してくれるでしょうか?」
「そうですわねえ……行ってみれば分かりますよ、きっと」

そう答えて猪は困ったように笑うだけだ。その顔を見てあまりいい予感はしなかったが、どちらにせよこのまま何もせずにいるわけにはいかない。自分から歩み寄らなければ、何も始まりはしないのだ。渓は力強く頷いて、猪の目を見て言った。

「行きます。猪さん、案内してください」
「はい、もちろんですわ」

微笑んで猪は立ち上がると、そっと渓に手を差し出した。

「善は急げ、ですわ。参りましょう渓様」

渓は差し出された手を取って立ち上がる。そしてその時、ふと違和感に気付いて驚いた猪を見上げた。昨夜手にした猪の手のひらは、もっと硬かった。しかし、今握っている猪の手のひらは本物の女性のように柔らかい。そういえば、お世話係だといって猪を紹介された日、縁側で猪に手を握られたときも今と同じように女性と変わりない手のひらの感覚だったのを思い出す。

不思議そうに猪を見上げていると、それに気付いた猪はくすくすと笑いながら渓と繋いでいた手を離し、一度その手を袖の中に入れた。そして再び手を袖からひょっこりと取り出すと、その手を渓に差し出した。渓は迷う事無く差し出された手を握り返して、目を丸くしながら猪を見た。差し出された手のひらは、昨夜と同じように硬くなっていたのだ。

「…どうなってるんですか?」

そう尋ねた渓に向かって、猪はくすくすと笑いながら悪戯っぽい笑みを返す。

「それは秘密ですわ」

言いながら渓の手のひらを解放し、猪はさっさと玄関に行ってしまう。渓も慌てて驚きを押し込めて猪の後に続いた。

里の中心部に向かっている間も渓の頭の中は猪の手のひらに関する疑問でいっぱいだ。男性特有の骨ばった手のひらだったり、女性らしい柔らかく華奢な手のひらだったりと、猪の手のひらはまるでよく出来た手品のように次々に形や肌触りが変わっていく。まじまじと猪の手のあたりを見つめながらその背中を追いかけていた渓だったが、視線に気付いていた猪がおかしそうに振り返った。

「そんなに気になります?」
「ええ、だって本当に不思議で」
「…悔しかったんですよ、こう見えて」
「え?」

思いもよらなかった猪の言葉に、渓は思わず目を丸くして首を傾けた。猪は渓の隣を歩きながら呑気な口調で続ける。

「だって、大蛇の血を失って、目が見えなくなった普通の娘に、わたくしの完璧な変装を見破られるとは思ってもいなかったんですもの」

あの日、猪は油断をしていたわけではなかった。見破られるはずがない、とは思っていたが、だからといって変装に手を抜いてはいない。渓が蛇の信者としての力の全てを失って、その上視力を失くしていたことも分かっていながらも、そこで手を抜くような生半可な仕事を風魔の長の側近がするはずはないのだ。

しかし、あっさりとその変装は見破られてしまった。変装は猪がもっとも得意とし、白子から絶対的な信頼を寄せられている仕事だというにも関わらず、だ。それが猪の自尊心を傷付け悔やませた事実は、想像するには容易いことだった。

「それから二度と渓様にバレないようにと研究した結果ですわ。実際、今回は一度だって渓様に感付かれませんでしたから、わたくしの勝ちですわ」

悪戯っぽい表情を浮かべながら、猪は上品で、かつ楽しそうに笑ってみせた。その笑顔につられて、渓も思わず笑う。渓が思っていたよりもずっと猪は負けず嫌いで、自分の仕事に強い誇りを持っているらしい。今までのことも重なって、目の前の女性よりも綺麗な綺麗な顔の男性が少し子供のようにも思えた。きっと素直にそう言えば猪は拗ねてしまうだろうと察した渓は、湧き上がった感情を自分の中に留めて違う言葉を口にする。

「そうですね、今回は私の負けみたいです」

答えながら、渓は白子と同じくらいの高さにある猪の顔を覗きこみながら尋ねた。

「ちなみに、どうやって肌の硬さを変えてるんですか?」
「そんなに気になります?」
「はい、すっごく」
「うふふふ」

猪はいつものように口元に手を当てながら上品に笑って見せると、反対の人差し指を渓の唇にちょこんと当てて、パチンと片目を閉じた。唇からでも伝わるほどに女性的で滑らかな肌に渓が固まっていると、少しつり上がった柔らかな紫の視線が黒く丸い瞳を射抜く。

「残念ながら、企業秘密ですわ」

そう告げてから猪は渓の唇から人差し指を放して、優雅にのんびりと歩き出す。それが自分自身に歩幅を合わせてくれているのだと、もう渓も理解していた。

「猪さんのケチ」
「長の側近にお掃除とお洗濯なんて似合わない仕事を増やすようなお姫様に云われたくありませんわ」
「あんな小芝居するからでしょ?」
「簡単に騙されてくれる渓様が可愛くってつい」
「ああ云えばこう云う」
「事実ですもの。わたくし、嘘は嫌いですの」

言い合いながら、二人は姉妹のようにくすくすと笑い合う。昨日までどうなることかともやもやしていた渓だったが、猪があまりにもいつも通りで、しかし努めてそうしてくれいるのだろうと理解出来るからこそ、これまでのもやもやが晴れていく。

結局、猪という人間にはこれからも振り回されるのだろう、曇天の下の太陽だった兄と同じように。そう思えば、今までの事もこれからの事もきっと許せてしまうのだろうと思えてしまうから不思議なものだ。いつの間にか、猪に対する不信感は消えてなくなっていた。

その後も他愛もない会話を交わし、ゆっくり里へと足を進めた。


 ● ●


里の中心部に到着した二人を迎えたのは、いつものように暮らす風魔の里の人間達だ。しかし、彼らはあからさまに渓の存在を意識していて、それが痛いほど真っ直ぐに小さな渓の体に突き刺さる。別に見られているわけでもないのだが、それが渓を緊張させてしまう。

なるほど、白子が言っていたのはこういうことか。

理解はしていたつもりだが、想像していたよりも渓という存在に対する視線はどれも鋭い。いや、彼らは渓を渓という個体として見ているのではなく、『力を失った蛇の信者の姫君』という異質のもの、または『ただのお荷物』として見ているのだろう。風魔の長である白子に反抗する者も居るくらいなのだから、仕方のないことではあるのだが。

渓は少し眉を下げて、おずおずと猪を見上げる。怖気づいたというよりは、渓にとっての馴染まない異様な状況の中、どうすればいいのか分からない様子だ。猪はその視線を受けて優しく微笑むと、ふわりと渓の背中に手のひらを置いて言った。

「渓様、少し里を歩きましょうか。まだ案内を終えていない場所もございますし」

やんわりと小さな背中を押すように猪はいつもよりもゆっくりと歩き出す。渓も大人しく猪に続きながら、あまりきょろきょろと視線を泳がせないように里の様子を伺う。風魔は皆、忍装束を着ていたり浴衣を着ていたり、それぞれに好きな格好をしながら、どこにでもあるありふれた普通の生活を送っていた。だというのに、妙に異質さを増すのはやはり、誰もまるで言葉を発さないからだろう。まるで「普通の生活をしているように見せている」だけの作り物のように見える。

渓は何となく声を発するのも躊躇われて、背中を押したままで歩く猪の着物をちょんちょんと引っ張った。猪は察したように微笑むと、空いた方の人差し指を口元に当てて、ゆっくりと風魔が鍛錬しているという樹海の方に足を向けた。答えるのを少し待て、ということなのだろう。渓は拭いきれない違和感を飲み込んだまま、猪の隣を歩くことしか出来なかった。



お化けのような木々で出来た細く長い隧道を抜ければ、風魔達が鍛錬しているという樹海が広がる、より陰鬱で鬱蒼とした場所に出た。里の中心部にあった生活区は、隧道の向こう側に消えた。そこで猪はようやく渓の背中から手を離す。それが合図だったかのように、渓もふうっと深い息を吐いた。

「お疲れですわね渓様」
「ちょっと予想以上だったので…」

渓は猪を見上げたままで続けた。

「猪さん、普段から里の皆さんはあんなに静かなんですか?」
「いえ、いつもはもっと活気に満ちていますわ。子供達が駆け回ったりもしていますの」
「やっぱり」

困ったように渓は視線を下げた。白子が里の者達に伝えた通り、彼らはきちんと渓の前で「普通の生活をしているように見せている」のだ。それは当然、決して自然ではない虚偽の生活。渓という守る価値のない異質な存在が里にいる限り、彼らは自身の領域の中に渓を受け入れる事はないのだろう。分かってはいたが、現実は思ったよりもずっと厳しい。

「やめておきますか?」

試すようにさらりとそう言い放ったのは猪だ。渓は視線を上げる。

「やめるって、何をですか?」
「里に干渉することを」

凛とした声にはいつものようなからかう様子は見られない。渓は迷う事無く首を横に振る。そして真っ直ぐに猪に答えた。

「嫌です、私まだ何の努力もしていません。現状がつらいからと云って私が逃げてちゃ何も変わらないんです」

それから渓は樹海を見つめる。何かを考え込みながらじっと樹海を捉える漆黒の瞳に、猪は思わず背筋がすっとなる。いくら力を失ったとはいえ、やはり蛇の信者。その目からは何かしらの圧力と言い知れない力を感じるのだ。

強い意志で答えた渓の言葉を思い返しながら、猪は小さな渓の姿にじっと視線を寄越した。風魔から完全に隔離されたこの状況なら、普通はさっさと諦めて、頑張ったフリをして、それでも駄目だったのだと白子に告げれば白子はきっと渓の為に里を以前の状態に戻すだろう。けれど渓は諦める様子は微塵もなく、本気で現状を自力で打破するつもりらしい。

まったく呆れた娘だ。
猪はそう思いながら、渓に知られる事無く小さく息を吐いて、袖口で口元を隠しながら笑った。

白子が渓を手放せないのは、盲目的に愛しているからではない。渓という存在の強さを信じているからこそ、こうして彼女の望む通り逆境に立たせているのだろう。それが必ず良い方向に進んでいくのだと、きっと白子自身疑っていない。その信頼関係が成立していなければ、白子は渓を今頃『風魔』として受け入れる体制を整えていたはずだ。

悟ってしまった結果、改めて二人の想いの強さを認識させられた事になった猪は、もう渓を『風魔』にしようという発言を控えようとひっそり決めた。もちろん、渓が現状を打破出来ない場合や白子が結論を出せないままでいるのなら、容赦なくその方向で事を進めてやろうという気持ちはあるのだが、なんとなく二人を信じてみたくなったのだ。

猪は動かないままの渓をじっと見つめる。しばらくそうしていると、ふいに渓の目が見開かれた。そして急速に顔を青ざめさせると、渓はいきなり樹海の方へ走り出したのだ。

「渓様!?」

突然の出来事に、猪は慌てて小柄な渓の体を引き寄せる。

「何を馬鹿な事を!樹海は渓様が入り込んでは一生出られないと云ったでは…!」
「子供が!」
「え?」
「子供が…!」

渓の様子が明らかにおかしい事に気付いた猪は樹海を見つめる。しかし、変わった様子は何もない。困惑した様子で猪が渓を見ると、渓は猪を見つめて声を張り上げた。


「この先の崖から、子供が落ちたの!!」


その言葉に猪は息を呑む。この先には確かに崖があるが、何故樹海に足を踏み入れたこともない渓がそれを知っているというのか。もう一度、猪は樹海を見る。荒れ果てた世界がただ静かに佇んでいるだけだ。僅かに悩んだが、猪は意を決して着物の帯に手をかけると、一瞬にしてばさりと着物を脱ぎ捨て忍装束になった。化粧の施されていた女の顔は、端整な男の顔へと変貌を遂げている。

「渓様」

いつになく真面目な声で言うと、猪は渓から手を離した。

「すぐに戻る。絶対に動かず此処で待ってな」

不安げな渓の頭を一度撫でてから、猪は渓の前で初めて見せる「忍」の顔をして、荒れた樹海の中へ飛び込んで行った。

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -