誰かの願いが叶うまで




 歳の離れた姉貴がいた。イルミの次に生まれた女児で、姉貴と俺は瓜二つだったと母親が言っていた。同じ銀髪と青い瞳を持って生まれたというのに女という理由で後継者にはなれず、姉貴が嫁ぐ先も赤ん坊の頃から決まっていたらしい。爺ちゃんは姉貴を可愛がってて自分の技を引き継がせていたから嫁がせるつもりはなかったのかもしれないけれど。
 よく一緒に遊んでくれたし、可愛がってくれる優しい姉貴だった。しかしある日姉貴の容姿がガラリと変わった。イルミのように黒い髪と瞳に染まっていて、フワフワした印象だったのが鋭く切るような美しさに変わっていた。
「兄さんの執着から逃れたかった」と姉貴は言ったが、その程度でイルミから逃げられるはずもなかった。どんどん大人になっていく姉貴への縛りは強くなる、比例するように姉貴は反発するようになっていった。

「姉貴、俺と結婚する?」
 小さかった俺の提案に姉貴は一瞬目を丸くし、腹を抱えて笑っていた。本気で言ったのにそう豪快に笑われると良い気持ちではない。姉貴はあまり家に帰らなくなっていたし昔みたいに遊んでくれなくなった。久しぶりに顔を見たかと思えば外の男の香りをチラつかせる。勿論婚約者ではないことは明白だ。きっと姉貴はあの婚約者と結婚するのが嫌なのだと思った。だったら俺と結婚しよう、俺ならきっと姉貴を幸せにできるよ。姉貴が隣にいてくれるならこの家だって喜んで継ぐよ。そういうつもりで言ったのだが、ちゃんと分かっているのかは分からない。
「いいよ、約束ね」
 姉貴は笑いを押し殺しながら優しい手つきで頭を撫でる。約束、約束だよ。俺の中でそれは明るく希望に満ちた未来であったのにあっさり姉貴は家を出て行った。イルミと大喧嘩したらしいが、俺を置いて行った、という事実だけが衝撃的に胸に刻まれた。

 そして俺も姉貴を追いかけて家を出た。兄貴への反発心でもあったけれど、姉貴に会いたかった。だけど姉貴の元へ辿り着くまでに色んな出会いや事柄がありすぎて、自然に姉貴を忘れていた。しかし何のために家を出たのか気づくことになるのは幻影旅団の団長クロロの隣にいる女を知ってからだ。
 変わってなかった。闇に染められたような艶やかな黒髪も、目が大きくて目尻が少し上がった猫のように気まぐれな妖美さも、久しぶりに見た姉は血の繋がりを恨むほど綺麗だった。しかし気に入らなかったのはその白く滑らかな腕をクロロに絡めていた事だ。クロロは姉貴の歩幅に合わせて歩き、たまに愛おしそうに名前を呼ぶ。彼女は幻影旅団ではない、ただのクロロの恋人。仕事の付き合いでもなく、姉貴は好きであの男と一緒にいるのだと理解すれば激しい怒りで狂ってしまいそうだった。どうしてよりによって、旅団の団長なんかと。「旅団に関わるな」と父親の言いつけを破ったことに苛立ち、あの男を見る姉の目がとても嫌だった。

 俺とゴンがヨークシンで旅団に捕まった時も姉貴はいた。俺だと気づけばすぐに目の前までやってきて抱きしめられる。バニラの甘ったるさの中にタバコの匂いが混じった姉貴の香りが鼻に広がった途端に泣いてしまいそうになった。「自力でなんとかしなよ」と俺にしか分からないように目で合図した。姉貴は旅団ではない、干渉もしない、私は兄さんと違って過保護じゃないと言っているようで悔しかったのを覚えている。姉貴にとって俺はそれほどちっぽけな存在だったのだ。
 それから姉貴がなにをしていたのかわからない。クロロの念能力はクラピカによって封じられたから、あの男を見捨てたのかもしれないし、一緒について行ったのかもしれない。

 再び再会したのはお互い目的の為に家に戻った時だった。アルカを抱き抱えてナニカの力を貸して欲しいと掠れた声で言った。姉貴はその願いが自分で償えるものではないから俺に頭を下げた。俺なら無条件でナニカに願いを叶えてもらえる。彼女は唯一それを知っている家族だったから胸が苦しくて、悔しくて堪らない。姉は俺との約束なんて覚えちゃいない。すっかり顔は痩けて、服の合間から見える腕は皮膚が骨に張り付いているかのように細い、切り傷や青痣が目立つ傷だらけの体から目を逸らしたくなり唇を噛んだ。姉貴はずるい。俺にとって姉貴は今も大切で、頭が上がらないことをよく分かっている。
「姉貴、俺との約束覚えてる?」
 声を振り絞るように、涙を堪えているように震えた声で聞いたのは最後の足掻きだったのかもしれない。
「うん、ごめん、叶えられそうにないね」
 くしゃりと顔を歪めて笑った姉貴の黒いガラスのような瞳からこぼれ落ちていった涙が床に落ちていくまでに、俺が生まれてから今までの姉貴に関する記憶が滝のように押し寄せてきた。

 転んで泣いていた時に笑いながら抱き上げてくれた。兄貴と喧嘩すれば必ず庇って一緒に怒られてくれた。お菓子を隠れて一緒に食べていた。スケボーの板を誕生日にくれた。アルカを恐れたりしなかった。全てが鮮明でとても優しい思い出だったのだ。まるでこれじゃあ姉貴がこれから死ぬみたいだ。

「誰も私を追えない所に行きたい」

 あぁ、ほら、やっぱりそうだ。姉貴はまた俺を置いていく。ぎゅっと服の裾を握りしめて胸の奥の痛みを受け入れる。姉貴はきっとここではもう生きられないんだ、辛くて、苦しくて仕方ないんだ。

「絶対に死なないって約束しろ、何があっても生きろ!じゃないと絶対許さねえ!」

 俺の願いに姉貴は笑った。姉貴の願いにナニカは泣いていた。



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