凍える前に冬眠させて




 思えば最初に彼に近づいたのは私の方だった。あの男が危ない奴なのは一目瞭然だ。道化師みたいな奇怪な格好に、化粧の施された顔、でもあの化粧の裏はきっと美しい顔をしている。湧き上がる好奇心に抗えなかった自分を恨んだ。私は若さ故に美しいものが好きだったのだ。

 容易に近付けた、彼の腕の中まで。しかし蓋を開けてみれば彼はとんでもない変態だった。強い奴が死ぬほど好きで、戦うためならなんでもする。彼が私に近づいたのは兄を怒らせるためだった。彼は私のことを好きでもなんでもないのに抱いたのだとそれはもうショックだった。人知れず泣いたこともある。でもどんなに屈辱的な行いをされても彼と関係を持ったことを兄に知られる方が何倍も恐ろしい。

「兄さんに秘密にしないと、貴方を殺す!」
「キミにボクが殺れるか殺れないかは別として、どうしてイルミに言ってはいけないんだい?」
「私が殺されるからに決まってるよ」
「ボクはイルミと戦えるいい機会なんだよねぇ」
「知るかそんなこと!」
 湧き上がる苛立ちと共に一気にオーラを集中させる。ヒソカが目を細めた瞬間、オーラが形を変え龍の頭が彼に襲いかかる。しかし彼の瞳は恍惚に輝いていた。
「へぇ。面白いものを見つけちゃった」
 ギリギリのラインで避けられて小さく舌打ちを漏らす。この距離で龍頭戯画を避けるなんて並大抵の念能力者じゃない、やっぱりこいつは相当危ない奴だった。
「キミの年齢にしてはその能力はよくできすぎてるね」
「女の私には生きにくい世界だからってお爺ちゃんに仕込まれたの」
 私とお爺ちゃんのオーラの性質はとてもよく似ていた。小さい頃からお爺ちゃんっ子だった私を心配したのか、血を吐くほど仕込まれたのだ。お陰で念能力の習得や応用は兄に引けを取らない。私は家族からみれば嫁ぐことだけが重要視されている娘だったがお爺ちゃんには違ったようだ。
「あぁ、いいねぇ…キミはもっと強くなる、待ちきれないなァ」

 ヒソカは殺し損ねたが彼との関係は兄には伝わっていなかったようだ。しかし安堵の息も吐く間もなく彼とはよく鉢合わせた。兄と彼は仕事を共にする事も多い。会う度に「秘密にしてほしいならもっと強くなることだ」と悍ましいほど笑顔で脅してくる。しつこい男は非常に苦手なタイプである。

 そしてある雨の日、私は相当気が立っていた。兄に説教されたのだ。嫁に行く身で外で好き勝手するな、と行動を制限するような事を言ってくるので心底腹がたった。それを兄にぶつければ返り討ちに合うのがオチ。機嫌が悪い時は決まって人を殺して発散するのが習慣になっていた。
 足元に転がってる肉塊になったモノを見下ろせば心の安定が保たれたような気がした。これは私にとっての救いなのだ。服が血で濡れているのか雨で濡れているのかわからない。ぐっしょりとした服が皮膚にくっついていて不快だ、服を脱ぎ捨ててれば後ろの気配に気づく。同じように雨に濡れたヒソカが薄笑いを浮かべていた。
「ソレ、キミが昨日まで一緒にいた優男だろ?可哀想に、好きな子に殺されちゃうなんて」
「……うん、それなりに好きだったのに何でかな」
 ぼうっと考えていればヒソカは嘲笑しながら喉を鳴らす。「やっぱりボクとキミは似てるんだよ」と気味の悪い事を言っていたような気がする。雨の音が強くて、体が冷え切ってしまって、よく覚えていない。
 そんな自分が怖くなったのは、額に十字架を刻んだ男に出会った後だった。彼が纏う空気もこの雨のように冷たいのに、消えてしまいそうな儚い美しさがどうしても欲しかった。



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