歪んだ湖で泳ごうか




「お前はいいよね、女だからって理由でプレッシャーも大してないし、嫁げば期待に応えられるんだからさ」

 歳の近い兄の言葉はいつも矛先が尖っていて痛かった。長男と長女、男と女、性別が違うだけで確かに両親から私たちへの扱い方は大きく違っていた。兄には完璧を求め、完璧な兄はそれに応えるように強かった。だけど兄が私に求めるのは従順な妹だ、私が反するように育ってきたのが大変面白くない兄さんは事あるごとに私に干渉した。
「クロロに余計なこと言ったの兄さんなんでしょ?いい加減にしてよ、自分のことは自分で決める」
 ヨークシンで私がクロロと一緒にいることを知って兄は相当私に腹が立ったようだった。私はもう子供じゃない、私生活まで口をださないでほしい、1から10まで兄に指図されるのはもう嫌だ。不満が滲み出た目で兄を見上げれば逆鱗に触れたようだ。
「俺の行動は全部お前のためだよ、可愛い妹を管理するのは俺の役目だからね」
 拷問部屋の冷たい床に叩きつけられたかと思えばすかさず兄の手で首を掴まれて足が宙に浮いた。自分の体重と兄の手によって首が絞まって息ができない。苦しい、辛い、離してよ。暴れるほどに苦しみは増していく、頭に熱が集中して吹き上がっていくのと同時に兄への憎しみが噴水のように溢れ出る。憎悪の色を孕んだ目で睨めばピクリと兄の片眉が不快げに動いた。
「その目はなに?懲りないよね、ほんと」
「うっ…」
 斧を横から叩きつけたかのような蹴りが脇腹に直撃して骨が何本か折れる音がした。何度も何度も腹を蹴り上げられて内臓が破裂してしまいそうだ。腹から込み上げてきたモノを吐き出せば喉が焼けるように熱い。幼少期から拷問訓練を受けているせいか、死にたくなるほどの痛みでさえも気を失えない自分を恨んだ。生理的に浮かんだ涙を意地でも見せたくはなくて顔を背けたが兄の手が両頬を強く掴んで闇の双眸に囚われる。
「孕んでたら大変だからね」
 ゾッと神経に悪寒が走って心の奥底まで青ざめた。妊娠はしていないはずた、でも避妊していたわけでもない、確認したわけでもない、もし、できていたらと考えるとまた気持ちの悪いものが込み上がってきて吐き出した。目の前に立っている兄が途端に恐ろしく思えて心臓が鼓動を早めていく。
 私の震えた体に気が付いたのか兄はボロボロの身体を引き寄せて慈しむように優しく抱きしめた。抵抗しようにも力が出ない、感覚も麻痺してしまった。抑揚のない声が耳元で響けば今度は体のもっと深いところ、芯が刺激されているようだった。

「お前はいつか好きな人を殺しちゃうよ。だって殺しが好きだから。愛したら殺さないと気が済まない、それがお前の愛なんだよ」

 脳に刷り込むように囁かれた鮮烈な言葉。ゆっくりと確実にそれは体に刻まれていく。身体中の傷に染み込むように。兄の指が頬を撫ででた時には何故か私は笑っていた。何がおかしいのかわからない。それでも笑いが込み上げる。おかしくて仕方なくて、空虚な笑い声だけがこの場に響いた。

『キミはイカれてるよ。ボクもそうだけど、キミも相当だよ』
 変態道化師の言葉が脳裏に浮かんだと思えば自身の笑い声によって掻き消されていく。



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