僕の祈りが届きますように




※ナニカの能力で姉に会いにきたキルア

 ぼんやりとしていた意識が切り替わった時、気づけば芝生の上に立っていた。上空には青空が広がり、一巡してみれば小さい子供が辺りを走り回り、犬連れで散歩している老人、家族連れの人の姿が多く見える。ここは敷地のある公園のようだった。そんな中で大きな木の影の下で紺色のベビーカーを片手に休憩しているような女の姿が目に入った。見覚えのある艶やかな髪が風に舞って、懐かしい姉の香りが鼻を掠めたときには自然と声をかけていた。遠くで存在を確かめるだけでよかったのに、到底我慢などできなかったのだ。

「姉貴」

 彼女の視線がこちらに向けば喉元が苦しくなって涙がこぼれ落ちそうになった。もう子供ではないというのに、こんなにも感情の抑制ができないなんて。姉貴は口を少し開いて、暫く黒目も動かさず固まっていたが、ふにゃりと溶けていくような微笑みを浮かべた。「キルア」と懐かしい声に名前を呼ばれて引き寄せられれば姉の温もりに包まれる。

「見違えたよ、今いくつ?背、追い越された…ちょっと悲しい」
「18にもなればデカくもなんだろ、俺も姉貴がちっこいのってなんか不思議」

 姉貴をこの位置から眺めるのは初めてで、本当に不思議な気分だった。「もうそんなになるんだね」と屈託のなく微笑むばかりの彼女の姿は全く変わっていないように見える、しかし決定的に違うのは彼女を覆う空気とか、声の発し方の強弱とか、微笑み方とか、柔らかく穏やかなものになっている気がして、うまく説明ができないがそう感じたのだ。しかし下から聞こえた赤子の声に、すぐに理由を知ることになった。

「もしかして、姉貴の?」
「ふふっ、それ以外ないよ。ほら、キルアお兄ちゃんだよ」

 赤ん坊を腕の中で抱いてみれば小さな温もりが直に身体に染み渡ってくるようだった。ポカポカと胸の奥で湧いて出るような暖かさはなんだろう。姉貴は赤ん坊だった俺を抱いて、同じように思っていたのかな。腕の中の子は白髪に、透き通るような青い目をしている。顔立ちは姉貴に似ていないように見えるけど、俺に抱かれているのが気に入らないのか眉を寄せて不機嫌そうに口をへの字に曲げている。泣かれやしないかと内心ヒヤヒヤした。

「男の子?」
「うん、でもこの子の上にもう一人男の子がいて…あ、帰って来た」

 姉貴の視線の先に見えたのは大柄な白髪の男と一緒にこちらに向かってくる5歳ほどの少年だった。遠目でもわかる、驚くほど姉貴に似ている。銀色の髪に猫目の碧眼、真っ白な肌、一見女の子のようにも見えるのは髪が長いせいだ。元々は銀髪で碧眼だった姉貴の姿が鮮明に甦ってきてじわり、と熱い塊が込み上げる。「キルアにそっくりでしょう」と嬉しそうに笑う姉貴を前に唇を噛む、泣いてしまいそうだった。こんなにも自然に、幸せそうに姉貴が笑っている事が嬉しくて堪らない。よかった、彼女はここにきて正解だったのだ。イルミに縛られていたのも過去になり、姉貴を苦しめるものなどもうないのだと分かれば充分だった。

「姉貴、俺もういくよ」
「え、もう?悟くんに会ってよ、ちょっと性格悪いけどいい人なんだよ」

 性格悪いけど、いい人っていうのはどういうことだと吹き出しそうになったが「悟くん」そう優しく紡がれるその名前を聞ければそれでいい。赤ん坊を姉貴に託して、特有の柔らかそうな頬を指先で突けば顔をぐしゃりと歪められた。「姉貴を頼むよ」と願うように呟くと、姉貴の白い手が俺の髪に触れた。小さい頃撫でてくれていた時のように優しい手つきはちっとも変わっていない。
 
「キルア、ありがとう」
 
 黒いガラスのような瞳がこの上ないほど輝いていた気がする。浮かんだ涙のせいかもしれない。やっぱり姉貴は世界一綺麗な人だよ、大好きだよ、ずっと幸せでいろよ、と心の中で刻んだ瞬間、気づけばホテルの一室にいた。余韻に浸って突っ立っていれば「お姉ちゃん、元気そうだった?」とアルカの声で現実に引き戻される。今まで堪えてきたものが一気に喉元まで迫り上がり、コップから水が溢れ出すように熱くなった目頭から涙が不甲斐なく零れ落ちる。止めどなく溢れて、呼吸がうまくできない。でも悲しくなんてなかった。

「うん、うん、すっげー…幸せそう、だった」

 声が掠れて、顔が涙でぐしゃぐしゃになっていても、身体中を流れる血液のように、足先から指先まで溶けてしまいそうな幸福感で満たされていた。



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