貴方が残した残骸です




 
※IF ヒロインが呪術の世界に行く前にクロロの息子を産んでいた

 今まで一度も実の母親に会いたいと思ったことがなかった。産んでくれた母親に会いたいとは思わないのかと聞かれた事もあったが「別に思わない」と躊躇する事なく答えた。俺には大事に育ててくれた祖母と祖父がいたし、親身になって気にかけてくれる叔父がいた。
 
 それに会いたいと思って会えるような存在じゃなかった。母は死んだも当然だったのだ。叔父には「母は死んでない、違う世界で生きている、ここにはもう二度と戻らないだけだ」と言い聞かされてきたが、それって死んだことと何が変わらないんだろう。母は結局自分を置いて行ったのだから、俺にとっては死んだことと変わらない。

 母を恨んだことはない。小さかった頃は会いたいと思う事もあったんだと思う。小さな子供が母親と手を繋いで歩いているところを見たり、標的の女が「子供は殺さないでくれ」と懇願する様を見た時は少なからずそういった感情もあったのかもしれない。
 しかし、父親を知った日、少し興味が湧いた。これまで母親に関する情報に一切の関心を抱かなかったというのに、父親が今は亡き悪名高い幻影旅団の団長だと知った日、体に痺れるような好奇心が流れた。

 母はあのクロロ・ルシルフルが愛した唯一の女だったのだ。屋敷の地下室、古びた箱の中に封じ込めるように仕舞われているアルバムを引っ張り出して、母親の若い頃の姿を眺めた。俺と母親は似ていないと言われていたが、本当に似ていない。若い頃は叔父と同じ銀髪で碧眼だったらしく叔父のキルアにそっくりだ。しかし時系列順に眺めていれば急にその容姿は変わって真っ黒な髪と目になっている。

(なんだか、冷たい目をしてる女だな)

 美人だけど、しっとりと冷たい感じがする。写真だからだろうか。叔父は母親のことがすごく好きだったと語ってくれる、優しかったと、よく一緒に遊んでくれて、一緒に怒られてくれたと。そんな感じには見えないのが正直な意見だ。

「姉貴が見てみたい?正気か?今まで全く興味なかっただろ」
「なかったけど、気になったんだよ。俺はもう18だし、母親をこの目で見て区切りをつけようかなってさ」
「とっくに区切りつけてるくせによく言うぜ」
「叔父さんあの人が死んでないって散々言ってたのは、会う方法知ってるからだろ」
「知ってるよ。でも、お前、会いたいなんて思った事もなかっただろ。お前のことはガキの頃からよく知ってる、お前は姉貴に会いたいなんて思う奴じゃないぜ」

 叔父のキルアが鼻で笑った途端に、浮かべていた『母親に会いたい息子』の顔を繕うことをやめた。流石にキルアを騙すのは無理か。

「……さすがは叔父さん。正解。俺はあのクロロ・ルシルフルの女に興味があるわけで、母親に興味があるわけじゃない」

 キルアは深くため息を吐き出して暫く何も言わなかったが「別にいいぜ、ナニカに頼んでやっても」と口にする。押さえ込んでいた好奇心が渦を巻いてまた大きくなっていく。叔母の能力を試すのはこれが初めてだ。

「……だけど、姉貴にはあっちの家庭があるんだ、姉貴の幸せをぶち壊すようなことすれば俺はお前を迷わず殺す」
「へえ。俺より大事なんだ」

 母親があちらで家庭を築いていようが、俺以外に子がいようがそんなものに興味はない。今更嫉妬や怒りなんて感情を抱く方が面倒なんだよ。

「お前のことも大事だよ」

 キルアが俺を大事に思ってくれるのは、血の繋がった姉貴の子供だから。よくわかっているさ。俺は母親に会いたいんじゃない、見てみたいだけだ。念を押さなくても大丈夫だよ。

 ***

 母親が逃げ込んだ世界はこちらと対して変わらない、国が違うだけのように見える。念能力のような力も存在するみたいだがあまり興味がない、長居する気もない。

(別に、普通の女じゃないか)

 偶然を装って道端ですれ違ってみたがそれほど特別な感じには見えなかった。歳の割には若々しくて綺麗だった、それだけだ。だいぶ平和ボケしてるんじゃないか。すれ違った先にあった裏路地に入って、息を吐き出す。今まで身を固めていた期待や好奇心、そこから一気に突き放されたように呆気なく期待外れ。もう戻ろうとした時後ろから気配が近づいてきた。

「クロロ?」

 その名前に、心臓が痙攣するような感覚を覚えた。俺を追ってきたのか、先程すれ違った母親の女だ。「人違いですよ」顔を少し下げて、声だけで返したのは振り返りたくなかったからだ。なぜだかは自分でもよくわからない、いつものように取り繕った顔で笑ってやればよかったものを。

「……そう、ですよね、ごめんなさい。でも、声まで知り合いにそっくりで驚きました」
「……」

 やはり俺は父親似らしい。喜べないのは当たり前だろ。胸の奥の心臓が大きく鼓動を打つ、俺は動揺している、柄にもなく。「声をかけてすみませんでした」と大通りに出ようとした女を「あの」と引き留めたのも、予想外のことだった。

「その人のこと、愛していましたか」

 なぜ、こんなことが気になるんだろう。この人の記憶の中には俺はいない。父親、クロロが死んだ後、母親は腹の中の俺の存在に相当精神をやられた。母親を救うために出産後に母親の記憶から俺だけを消したとキルアは言っていた。つまり元凶は父親ではなく、俺だったのだ。それについて悲しいと思ったことはない、というのは多分、嘘だ。

「ええ、とても」

 その声はとても穏やかで、優しかった。胸の隅々まで満たされていくような気がして今まで感じたことのない不思議な感覚だった。

「母さん、何してんの」

 後から母親を追ってやってきた彼女の息子が路地裏に入ってきた。年齢は15くらい、歳の割に背が高い、銀色の毛先が跳ねた髪、青くて釣り上った瞳、叔父のキルアにそっくりで目頭が熱くなる。こんな感情、俺にはいらないのに。喉の奥が苦しくて、切ない。

(こんな所、来なきゃよかった)

 こんな思いをするってキルアはわかっていたんだ。だから止めなかった。思えばガキの頃から手加減なんてない人だった、ひどい叔父さんだよ。

「ああ、今知り合いにそっくりな人がいて……あれ、いない」
 
 貴方にはもう会わない。帰ったらこの感情に蓋をする。俺は暗殺者として生涯を生きるだろう、貴方が捨てた道を生きるだろう、きっと何年か生きれば貴方を忘れるさ。貴方が俺を忘れたように。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -