首輪をつけた野良猫




「あれ、伏黒が綺麗な人と喋ってる。もしかして彼女?」

 近接の訓練中、パンダに投げ飛ばされたばかりの野薔薇が地面から見上げた先には伏黒と隣に立つ黒髪の女。

「げえっ、バケモン補助監督じゃねえか」
「補助監督?」

 野薔薇がバケモンよりも補助監督に疑問を持ったのは彼らが纏うはずのスーツを彼女が身に付けていなかったからだ。上は真っ白な生地のロングTシャツ、下はブーツカットタイプの自分では到底似合わない形のデニムを着こなして、すらりと伸びた脚を際立たせている黒のヒール、非常にシンプルな格好だが服の素材や形を生かしたようなスタイルに自然に目がいってしまう。

「私服だから今日は非番っぽいな、野薔薇、あいつには気をつけろよ」
「え?」
「補助監督のナマエ、俺ら三人、あいつに近接でボロ負け。気づいたら気絶してた」
「しゃけしゃけ」
「な、なんでそんな人が補助監督なんて…」
「探ってみたがそこらへん謎でな」
「悔しくて一回毒入りのコーヒー飲ませたことあるけどケロッとしてやがったし、尾行してもすぐ巻かれるし隙がねえ」
「いや毒入りって」

 「毒っていっても数時間動けなくするぐらいの軽いやつ」とパンダは笑っていたが笑い事ではないだろう。毒入りコーヒーを飲み干した彼女はその後何も変化はなかったらしい。一体何者なんだと野薔薇は顔を引き攣らせたが気づけば伏黒とナマエはこちらを見ていて伏黒は野薔薇に手招きした。

「訓練中ごめんね、一年生の釘崎さんでしょう?貴方にだけ挨拶できてなかったから伏黒君に呼んでもらっちゃった。補助監督のナマエです、よろしくね」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」

 補助監督がわざわざここで挨拶しなくてもいいだろうに。知らない補助監督なんて山のようにいる。それでも彼女の存在感に惹きつけられていた。どこのエステ通ってるのか聞きたいほど肌は絹のように滑らか、髪には艶があって、猫目で大きな黒い目が印象的だ。先ほどは遠くて見えなかったが、彼女が身につけるシルバーのリングピアスやさりげないアクセサリーがシンプルな格好をより洗練させているのだ。上級者、モデルや女優顔負けのオーラが野薔薇には見えて息を呑む。しかし左の薬指で光ったものが視界に入れば伏黒に同情するような視線をやって野薔薇はやれやれと首を振った。

「何を勘違いしてんだか知らないが、ナマエさんは五条先生の奥さんだ。だから生徒にわざわざ挨拶……お前、顔なんとかしろよ」
「いや、だって、え?奥さん?誰の?」
「…だから五条先生」
「うん、最近籍入れたんだけどね。悟くんがいつも迷惑かけてごめんね」

 申し訳なさそうにやんわり笑うナマエに野薔薇はザザッと後ろに下がった。血の気が引いたような青い顔をしていればいつの間にか後ろにいた真希が「な、バケモンだろ」と小さく呟いた。

「そりゃバケモンだわ!」
「おい、失礼だろーが」
「あはは、いいよいいよ、二年生のみんなに言われ慣れてる。ね、みんな」

 野薔薇の後ろに控えていた二年生三人組がびくりと肩を震わせたが、ナマエは笑顔のままだった。

「でも流石に毒入りコーヒーは控えてね。それ以外は不意打ちだろうがなんでもいいよ」

 野薔薇と二年は更に顔を強張らせたが、隣の伏黒は額にじんわりと汗を滲ませる。「二年生が私を襲ってくるのはいい訓練になるから、悟くんに言わないでね」と釘を刺されていたのだ。一度彼女に屈辱的に惨敗している二年達は卑怯だろうがなんだろうがナマエを負かすことに躍起になっていた。しかし彼女が五条悟と結婚することになった理由を知っている伏黒は気が気ではない。そんな心中を察したのかナマエは視線だけ伏黒に向けると挑戦的に唇を吊り上げた。

「大丈夫、私から一本取るのは不可能だから」

 脳内に溶けていくような奥深い声。それはゾッとするほど美しく獰猛な視線だった。



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