ああ、だめだ、全部ダメ




「ナマエちょっと戦ってみてよ」
「はい?」
「なに言ってんですか五条先生!その人補助監督ですよ!」
「大丈夫、いざとなったら僕が出てあげる。10秒でいいからさ」

 ――最悪だ

 仙台まで来いと五条さんからメールが入っていたが伊地知に押し付けようと思っていた。しかし五条さんから直に「逃げたら僕直属の補助監督にする」と恐ろしい電話があったのだ。今でも五条さんとの任務が多いというのにこれ以上増えたらたまったもんじゃない。急いで新幹線のチケットを取ってわざわざ来たのに私に戦えというのか。私自身が呪術を使えるわけではない。オーラである程度の呪いの攻撃はカバーできるが全てじゃないのだ、強さにもよるし下手したら自分が死ぬんだ。かといって五条さんは薄笑いを浮かべたままだ。苛立ちが込み上げるのと同時に視線を五条さんとその生徒、伏黒恵の奥に向ければ見えた人間の男のような姿。

「人間じゃないですか」
「特級呪物が受肉したんですよ…」
「困るな……」
「困るどころじゃないでしょうが!五条先生も何馬鹿なこと言って」

 伏黒君の言葉が終わらないうちにこちらに飛び込んできた桜色の髪の男、その衝撃で煙が舞ったが私はさっき男が立っていた場所でそれを眺めていた。さっきまで自分の後ろにいた女が5メートルほど距離のある所に移動していることに驚いたのか伏黒君は目を丸くしている。私が困るな、と言った意味を彼は知らないのだから無理もない。

「五条さん、この子殺しちゃうかもしれませんよ」
「生身の人間だから殺せるってことか、なるほどね」

 五条悟は私が呪術師ではなく異物の存在、念能力者だと知っている。どこまで戦えるのか実力を測りたいのであろう。たとえ特級が受肉したとしても生身の肉体なら話は別だ。しかし煙の中から獣のような眼光が見えた。

「あまりナメるなよ、女」
「うわっ」

 凄まじい速さで繰り出される男の拳や蹴りを丁寧に交わしていたことに苛立ったのか男は地面を蹴って気づけば頭の上で足を振り上げていた。「危ない!」と伏黒君の声が聞こえたが私の頭の中では、強化した爪で喉元を切り裂いてやろうか、いやそしたら死んでしまうから硬で防ぐのを試してみようか、いやもっと別の方法でやらないと。もろにオーラを喰らってしまえばどっちみち男の生身の肉体が砕け散ってしまう、と思考で埋め尽くされていた。

「うーんだめだ!全部だめ、殺しちゃうよ」
「………オイ。呪力も雑魚並の女、一体何者だ」

 ドオォンと男が足を振り下ろした所が砕けて穴が空いている。結局避けることにした私を睨みつける男が「中に、何を飼っている」と低く声を鳴らした瞬間、その殺意はすうっと溶けていくように消えた。最後の声はきっと私にしか届いていない。男は元に戻ったのだろう。すっかり毒の抜けたようにあどけない顔で男は「あれ?」とこちらをぼうっと眺めていた。

「いやあ、お疲れ。体術じゃ負けなしみたいだね、今度恵ともやってあげてよ」
「ちょ、この人何者なんですか……ただの補助監督じゃないですよね?」
「いや補助監督だよ、最近海外から来たばかりのね」
「そうです。私はただの補助監督です、帰っていいですか」

 満足そうに笑っている五条さんを睨みつけていれば不意に肩に腕が回り込んでくる。生身の人間相手なら念で肉体強化している私が負けることはないはず。あの時はこの五条悟であろうとも拳を一発入れることは可能だと思っていたが甘く見ていた。最強だというだけこの男には隙がない。五条悟に逆らえないのだと知ってより不快さが増しただけだった。結局私はなんのために仙台に来たんだ。



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