地平線さえ定まらない砂漠が広がっている。その中で寂しく佇んでいる白い建物、その敷地内で人間が虫のように外に湧いて出ていた。照りつく太陽の近くに何かがいる。人間達は手で太陽光を遮りながらも指の間でその何かを見ようとした。空を浮遊しているのは長い尾を引いた龍のようにも見える。しかしそれは逆光で黒く塗りつぶされ影のようにしか見えない。しかしやがてそのシルエットは大きくなり、金色の光を帯びた矢と共に巨大な龍は降ってきた。地響きが轟き、建物は崩れて砂の一部となった。
 
「これはまた……派手にやったな」

 ランドクルーザーから身を乗り出してその光景を目撃していたのは九十九由基だった。運転席に体を戻して現場へと勢いよく走らせる、砂の上に積み重なる瓦礫が辺りに見えればゴーグルと軽く衣類を羽織っただけで由基は地に足をつけて踏み出した。砂埃のせいで目の前がろくに見えない中、足が何かにぶつかって体がよろけた。石のような硬さではなく鈍い感触、まだ生暖かいような温度を持ち合わせた死体だ。鋭く大きな矢で体を射抜かれ、患部ごと肉がもぎ取られているようにも見える。生々しく悲惨な光景に由基は喉の奥が息苦しくなり、嘔吐感が胸一杯に広がった。自分もこうなっていたかもしれない。この事態を引き起こした張本人に由基自身も殺されかけたことがある。自分が今まで追い求めてきたものを超え、この世界の法則を覆すような女を面白いと思い迂闊に手を出したのだ。
 
 ――恐ろしい奴だった
 
 ようやく砂埃が落ち着いて辺りが良く見えるようになったが一面に広がる死体に目を逸らしたくなった。これほどの数の呪詛師をたった一度の攻撃で全滅させたのだ。

「珍しいね、こんな所で会うなんて」

 死体の中心でほくそ笑んでいる真っ黒な目、風で揺れる黒髪が太陽の光でいっそう艶めいている。キャミソールから剥き出しの真っ白の肌は砂漠にひどく不釣り合いだ。ナマエ・ゾルディックという女の存在を知るのは海外で動いている一部だけだった。上が扱いに困るほどの強さと彼女を覆う謎には誰も触れてはならないというのが暗黙の了解でもあったのだ。

「日本に行くそうだね」
「うん」
「君みたいなのが現れたら五条君はどんな顔をするかな」
「その人誰だか知らないけど、私は補助監督として行くんだよ」
「は?」

 その言葉に由基は腑抜けた声を出して目を丸くした。「闘うのも疲れた」とげんなりしたように瞳を細めたナマエに由基は込み上げた笑いを溢す。自分も自由気ままに生きてはいるが、この女の自由を許すなんて上も尻に敷かれている。

「それはそれは…意外に面白いことになりそうだ。さっきも言ったけど、五条君は補助監督であろうと君を怪しむだろう。彼は六眼持ちだからね」
「…強いんだ、その人。関わりたくないな、五条…なんていう人?」
「五条悟だよ。彼、君を気に入ると思うよ」

 名前を聞いたくせにあまり興味なさそうに短く「ふうん」と吐息混じりの返事をした。逃げ込んだ世界で、この先に待ち受ける嵐をナマエはまだ知らない。



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