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東方美人 無花果の花2







「すまん、遅くなった!」

突然キッチンのドアが開け放たれ、息切らせ汗だくになったエドワードが入ってきたのを見た時、リンは不覚にも泣きそうになった。
白い紙袋とスーパーの袋を両手に持って戻ってきたエドワードは、その紙袋をリンに突き付けた。勢い余って紙袋に顔を打たれる。

「うおぉっ、ケーキがっ!」
「ケーキって…そんな事より俺がどんな気持ちデ…ケーキ?」

リンよりケーキが大事なのかと恨みごとを言おうとしていた口が、「ケーキ」という単語に殊更敏感に反応した。
ケーキって何だっけ。ああ、西洋菓子の名前だ。

「ケーキって…!」
「卵と小麦粉その他諸々の食品を混ぜて焼いた菓子の総称だ。ちなみにこれは生クリームや果物で飾り付けはされていないタイプ。オレは砂糖を加えて甘く煮た林檎をパイ生地で包んで焼いたアップルパイが好きだ」

そんな事はどうでもいい。リンが時計を見上げると時刻は夜十時に近かった。こんな時間まで開いている洋菓子店があっただろうか。

「誕生日だろ!だったらこれじゃねーと!」

紙袋から白い箱を取り出すと、エドワードはリンの前で恭しく箱を開いて見せた。
中から現れたのは茶褐色の焼き菓子。香ばしい香りと如何にも出来立てといった温かな蒸気がまたリンの涙腺を擽った。

「中国茶に合いそうなケーキって思い付かなかったから、駅前のケーキ屋で事情言って焼いてもらった。オレからの誕生日プレゼントだ」

甘酸っぱい果実の香りが漂い、リンの心にも甘酸っぱい心地が漂う。エドワードは喋れなくなってしまったリンを「さっきの茶、も一回淹れてくれ」と急かしてキッチンの奥に追いやった。

ついでにと渡されたケーキを切り分けて小皿に盛り付ける。乳白色の生地の断面には赤い無花果の果肉が花のように咲いていた。

「うまいんだぜここのケーキ。オレは苺ショートが好きだ」

湯を沸かし、切り分けたケーキを持って戻ると、またどうでもいい事を言ってエドワードが買ってきた物をテーブルに広げ始めた。出来合いの料理だったが、先程まで孤独に苛まれていたリンには最高のご馳走に見えた。

「仕切り直し!誕生日おめでとう、リン!」

蝋燭立てる?と無邪気に聞いてくるエドワードの手に握られている小さな蝋燭の数が異様に多く感じたので、それはやんわり断った。

もうカウントダウンの音は聞こえない。




その夜、日付が変わった頃に潜り込んだベッドの中で、幾つになったのかと訊ねるエドワードに年齢を教えてやると、小さな声で「老け顔」と言われた。リンだって年齢よりだいぶ大人びて見られる事は自覚しているが、エドワードはリンが自分と同い年だとは全く思っていなかったらしい。

一体何本蝋燭を握り締めていたのか。
それについてエドワードは答えてはくれなかった。

カウントダウンの音は聞こえなくなったが、時が止まった訳ではない。
リンが抱き込めばエドワードは鬱陶しそうにしながらも、抱き返してくる腕に遠慮がちに力を込めた。時が止まればいいなんて思わない。止まった時は澱んで腐るだけだから。でもあとどれくらい、こうして無邪気に自分で居られるのだろう。

リンが帰国する日は、十三日後。





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