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東方美人 無花果の花1

出逢って一ヶ月で既に、エドワードが一方的にキレて喧嘩を始め、それにつられてリンもエドワードに(主に身長の事で)暴言を浴びせ、それにエドワードが乗っかって掴み合いにまで発展し、時間が経てばお互いすっきりしてなし崩しに仲直りする流れが出来上がっていた。

その日は珍しくエドワードより先にリンが怒り出した。
…怒ったのだと思う。リンが珍しく三白眼じっとりとでエドワードを睨んで寄越したから。

「な、なんだよ」
「……」

貝の如くだんまりを決め込むリンの様子はいつもと明らかに違う。さっきまではいつもと変わらない様子だった筈だ。エドワードが少しだけ怯むと、リンは視線をそらしてエドワードの部屋から出て行ってしまった。

「…んだよ、無視かよ!」

トントンと階段を下りる足音が聞こえ、しばらくして玄関の方からドアが閉まる音がした。リンが帰ってしまったと知って、エドワードの背筋に一瞬冷たい震えが走る。

「…別に、居ないほうが清々するし、あんなの」

言い訳のように呟きながら、脳をフル回転させて先程のやり取りを思い出す。反芻してリンが怒り出した理由を探ろうとしたが、いかんせん読んでいた本に夢中でところどころリンの言葉を聞いていなかったので、そこからリンの怒りの理由を推測するのは不可能に近かった。

「どうせ明日になりゃけろっとしてウチにくんだろ…」

そんなことより、と読んでいた本に視線を戻し、並ぶ活字を目で追うがどうも集中できない。読み進めても内容が全く頭に入ってこない。数行読んで、気づくとまたその行の頭に視線が戻ってしまう有様。

「…んがー!気にしてない!断固として気にしてないぞオレは!」

一言吠えて、再び意識を本に集中させる。しかしどうも胸がちりちり焼けるようで落ち着かない。鳩尾辺りに不快感が漂う。言い様のない感覚にそわそわと心が落ち着かなくて、エドワードはきつく目を閉じた。
何かが気持ち悪い。何か忘れている気がする。

「……!」

そうか、と不安の原因に行き当たってエドワードは立ち上がった。

階段を駆け下り、一目散に玄関に向かう。サンダルをつっかけて玄関に下り、ドアの鍵をがちゃりと施錠した。

「まったく…鍵開けっ放しじゃねぇか…」

これで不快感は消えたと足取りも軽く二階の自室に戻ろうとして、エドワードは喉の渇きを覚えてキッチンに向かう。
冷蔵庫にあった飲料水のペットボトルを抱えて階段を上っていると、唐突にリンの言葉の断片が蘇ってきた。

 ――トウホウビジンって云う…
 ――甘い香りがして…
 ――いつもソレにしてるんダ。

わけがわからない。

しかしエドワードは確かその言葉に返事を返したはずだ。生返事だったと思うが、一体なんて言ったのか。全く記憶にない。

思い出せない、解らないというのは非常に気持ちが悪い。エドワードは気になる事はとことん追求する性格なのだ。そのくせ場の空気を読むことが苦手なエドワードは、感覚や感情など数学的に表す事が出来ない物は苦手。生来の科学者タイプの為、学業でも理系は得意だが文系は苦手。しかし確かに何かを訊かれてそれに返答した筈なのに思い出せないのは気持ちが悪い。階段の途中で座り込み、頭を掻き毟って唸っているとまたしても唐突にリンの言葉が思い出されて脳裏を過ぎっていった。

 ――今日は、特別だかラ。



「何が特別だって…?」

しかしやはり肝心なところが思い出せない。と言うか、たぶん聞いていなかった。
リンは生返事ばかりのエドワードに業を煮やして帰ってしまったのかもしれない。そう思い始めた頃、エドワードの自宅の前に車が止まった気配があり、ドアの開閉音と人の話し声、その後施錠したドアをガチャガチャと揺する音、次いでチャイムが連打され、俄かに玄関前が騒がしくなった。

『エドワード、居るんだロ。開けテ』

キッチンにあるインターホンから変なイントネーションのアメストリス語が聞こえ、エドワードは慌てて階段を下り玄関の鍵を開けた。

「なんで鍵締めちゃうんだヨ。まあ出掛けてなくて良かったけド」

ぶちぶちと文句を溢すリンは大荷物を抱えていて、驚いて玄関に立ち尽くすエドワードを押しのけて家に入ってくる。

「リン、その荷物…」
「ああ、これはトウホウビジンだヨ」

リンはエドワードの部屋ではなくまっすぐキッチンに入っていった。エドワードはリンの後についてキッチンに入り、テーブルに広げられた荷物に目を丸くした。

テレビか何かで目にしたことがある東洋のティーセットが、リンが持ち込んだバックの中から次々と取り出される。茶器の形状からポットやティーカップはなんとなく判別できたが、後は何に使うかよく解らない品々がどんどん出てきて、一体何十人分かという程の茶器がテーブルに並んだ。

「お湯沸かしてイイ?」
「あ、あぁ、うん」

リンがキッチンで湯を沸かしている間、エドワードはテーブル上の茶器を眺め、さてこの中の一体どれが「トウホウビジン」なる物なのか考えを巡らせていた。
カップの事か、それともこの使用方法が謎の細々した物のどれかか、はたまたこの茶器一式を「トウホウビジン」と呼ぶのか。

悩んでいるうちに湯が沸き、ポットを持ってきたリンにテーブルに腰掛けるように言われてエドワードは大人しく椅子に座った。

「茶器を扱ってる店なんてないかと思ったけど、いい店があって助かっタ」

リンが慣れた手つきで茶器に湯を注ぐのを興味津々で、且つ注意深く見つめる。この中のどれかが「トウホウビジン」である事は間違いない。

「駄目もとで頼んだらトウホウビジンも出してもらえたヨ。新茶の時期が過ぎてるし、こんな西国で出逢えるなんて運がイイ。なかなか手に入らないんだから、コレ」

リンはせっかく注いだ湯を豪快にポットから棄て、凝った造りの白い陶器をバックから出して「コレ」と指差した。当てが外れた。茶器の名称ではなくどうやらこちらが「トウホウビジン」だったようだ。
陶器の口を開けるとそこから中国茶の香ばしい香りが溢れた。リンは白い陶器の中の茶葉をたっぷりと茶器に入れ、そこにまた湯が注がれる。微かに漂う甘い香りにエドワードは鼻を鳴らした。

「分類は烏龍茶なんだけど、紅茶と同じくらい発酵させるから茶湯は琥珀色で綺麗だヨ。でも紅茶ほど渋くないし、蜂蜜みたいに甘い香りがして後味が奥深イ」

一分ほど置いて、小さめなカップに注がれた茶は澄んだ琥珀色をしていた。ふんわりと漂う甘い香りに思わずうっとりと目を閉じてしまうと、リンが小さく笑ったのが聞こえた。

良かった、もう怒ってはいない様子だ。

「さあ召し上がレ」

コトリと小さな音がして目を開けると、エドワードの前にカップが置かれていた。

「熱いから気を付けテ」

言われた通り取っ手のないカップは熱くて持ちにくかったが、エドワードはそれを慎重に口元に運んだ。
蜂蜜のような甘い香りが鼻を擽る。息を吹きかけ冷ましながら一口飲み込むと、苦味のないまろやかな味が舌の上で踊った。何ともいえない芳醇な味わいが喉に残り、素直に「美味い」と言葉が漏れた。エドワードは食べ物にはそれなりの味と栄養があれば良いという方だったので、舌が肥えているリンのように難しい事は解らないが。

「誕生日」
「…へ?」
「誕生日なんダ、今日。」

テーブルの向かいに座ったリンが同じように茶を啜りながらぽつりと言った。そう言えばそんな事を言っていたような気がするとぼんやり思い出す。

「…おめでと」
「ありがとウ」

暫く無言で茶を啜り、小さな茶器に注がれた茶湯を飲み終えてしまうとまた新しい茶が注がれた。

「やっぱり、覚えてなかっタ」
「…すまん」
「昨日も一昨日もその前も言ったのニ」

…えーっと。
つまりこれは、誕生日を忘れられて拗ねている…?
向かいで俯きがちに茶器を傾けるリンを見ながらエドワードは唖然とした。そしてすぐに壁に掛けられた時計を見る。時刻はまもなく夜の八時になろうというところ。

「チャイナタウンのランチ予約してたのに、エドワードは『この本読み終わるまでー』とか言って全然動かないシ。このままじゃ日付変わっちゃうなって思っテ、せめてお茶だけでモ…」
「悪い、リン!」

リンが話し終わらないうちに、エドワードは椅子から立ち上がった。キッチンから飛び出しあわただしく階段を駆け上がり、すぐに一階に下りてきてドアから顔だけ覗かせて、リンに指を突き付けた。

「すぐ戻るから、留守番してろ!」

そう言い捨ててエドワードは出掛けてしまった。力任せに閉められたドアの悲鳴が静かなキッチンに木霊する。

取り残されたリンは茶器を手に乗せたまま暫く呆然として、それから力なくテーブルに倒れ伏した。
本に夢中でちっとも話を聞かないエドワードに一週間前から地道に囁き続けてサブリミナル効果を狙ったのが失敗だった。こんなことなら昨日のうちからリンのホテルに連れて行って、本から遠ざけてしまえば良かったと後悔したが、後悔はいつだって先にたたない。

毎年、誕生日なんて一人で過ごしているから今更どうと云う事は無い。誕生日を祝ってもらいたい齢でもないけれど、今年はほんの少しだけ期待をしてしまった。
今年はエドワードが居てくれる。
でももう、誕生日をエドワードと一緒に祝うことは無いだろうから。

エドワードの事は好きだったし、エドワードもそれなりにリンを好いてくれているのは解っている。しかしエドワードは情婦として囲われるような玉ではない。こんな関係はリンの留学期間終了と同時に終わってしまう。

先週連絡があった。
後二週間で留学期間が終わり、リンは再び自国に戻らなくてはならない。そしてずっと病がちで臥せっていた父の容態如何では、もう自由に動くことはままならなくなってしまう。

リンは早々に王位継承を放棄していたが、次期国王にリンを推す声が無い訳ではない。順当に行けばリンの義兄である第一皇子が王位を継承する予定だが、彼は国内で人望が高くない。王制といっても独裁国家ではないので、人民会議で不信任と決議されれば今度はリンにお鉢が回ってくる。
王位に就かなくても、各国への留学経験を買われて外交官として登用してはどうかと打診されてもいる。
どの道、今年の夏がリンがリンで居られる最後の留学、最後の夏だった。

掌に乗った空の器を玩びながら、時計の秒針が刻む音を虚ろに聞く。カチカチと、まるでリンに与えられた僅かな自由時間が終わるまでのカウントダウンのようではないか。
愛国心は殆ど無いと言ってもこんな立場に生まれてきてしまった訳だし、今まで国家予算で裕福に自由奔放してきた負い目もあるから、自分が望まないからといって全てを投げ出せるほど自分勝手にもなれない。逃げたい。逃げられない。混乱する心は諦めて全て受け入れることに逃げた。

カチカチと響く時計の音。
エドワードはまだ戻ってこない。



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