nearly equal

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「……うわア」


たぶん、こんなにはっきり欠ける月を見たのは生まれて初めてだ。ゆっくりと徐々にではあるが、みるみるうちに月が闇に喰われ、欠けていく。

「計算したら今夜でさぁ。間に合ったな」

窓枠に腕を乗せ、エドワードもまた欠けていく月を見ていた。瞬きするのも惜しいほど。半分ほど欠けるまで、ふたりとも言葉もなく月を見上げる。

「昔はアルとふたりでよく天体観測したなぁ。あいつは流星が好きで、流星群の時期はよく明け方まで星見てた」

エドワードは何の気なしに思い出話を始めるが、こんなロマンチックな月欠けの夜に他の男の話など聴きたくないと言うもの。男の嫉妬は醜いのだ。

「…じゃあ、アルフォンスともこんな風ニ?」
「…アルは上着に手ぇ潜り込ませたりしないけどな」

日常、非日常的にいちゃついていた兄弟なので、そう言われても安心はできない。

「やめろよ馬鹿」
「さっき逃げないって言っただロ」
「…月蝕終わってからでいいじゃん」
「エドワードは見てていいヨ」
「お前は見ないの?」
「見ながらすル」

上衣の裾から潜り込ませた手を、腹から胸へと滑らせる。引き締まった筋肉が跳ねるのを掌で感じながら、指先で味わうようにエドワードの肌に触れた。

「んっ…」

しゃくるように喉を震わせるエドワードの肩に頭を預け脇腹を撫でると、擽ったさに身を捩ってリンを見上げてくる。

「月蝕、見てないじゃん」
「…見てるヨ」

既に月は半分ほど欠けて、先程まで月明かりで木立の形が見える程明るかったリンの自室向かいの内庭は、今はひっそりと闇に包まれていた。
傍にあった燭台に手を伸ばし、蝋燭の火を吹き消してしまえば寝台にも闇が流れ落ちてくる。

「よく見えるヨ、エドワードの事」
「オレじゃなくて、月っ…」
「ちゃんと見てル」

皮膚の上を這う指に翻弄され始めて切な気な吐息を漏らす唇。零れそうな甘い声を耐えようと、眇られた瞳。
いつの間にか八分ほどが消え隠れて残り僅かな月の明かりを受けて光る黄金色の髪と瞳が、徐々に闇に侵され青く鈍い輝きに変わっていく様。
 エドワードに出逢ってから、時々に変わるその輝きの美しさに飽きた事などない。月を愛でるのと同じ様に、いやエドワードの存在の方が月より遥かに惹かれ魅せられる。

「今、どれだけの人間が、欠けてく月を見てるんだろうネ」
「さぁな…」
「でも、今エドワードを見てるのは、俺だケ」

微かに震える唇が、だから何だと色気のない言葉を吐き出す前に、細い顎をすくって塞いでしまう。

拗ねてつき出すような形を作っていた唇が、リンのそれと触れ合ったのに驚いて硬く結ばれるのを、舌先で擽るように舐めて解きほぐしていく。

「ん、んっ、ふっ」

短い呼吸を忙しなく繰り返して、諦めたようにエドワードの口角から力が抜ける。ふんわりと柔らかい下唇を甘噛みすれば、鈍い光を宿した瞳がリンの間近でとろりと融けた。

「月蝕は、お化けが月を食べちゃって起こるって昔話、小さい時に聞いたナァ」
「食べちまったら、どうやって元に戻るんだよ」
「食べられた面とはべつの面が出てくル」
「食べたお化けのウンコがまた月になる、とかじゃないんだ」
「ウンコって、あんたこんな時ニ」

苦笑する頃には辺りは真っ暗になっていて、エドワードの姿も影法師のように黒くぼやけてしまっていた。

「消えるぞ」

密やかに呟く唇から零れた言葉に目を上げれば、弛んだ糸のように細い光が僅かに残るだけ。
それも、瞬く間に細く細く、消えていこうとする。

エドワードを抱き締めながら、食い入るようにその瞬間を待った。


瞬間、月は消えてなくなり。
朧く儚い月の残像が浮かびあがり。
再び金糸のように細い月が現れるまで、息を潜めて、身動きもせずに見守る。

「このまま、明かりは要らないよネ?」

どうせ間もなく月明かりが戻って、金色を纏う彼の姿を隠すことなく照らすのだ。
光を溢す月の元では、他の灯りなど不粋なもの。

胸元を肌蹴られ、下肢を撫ぜられたエドワードは荒い息を吐いて小刻みに体をひくつかせている。最早問うのも不粋――だろう。


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