『美坂家の秘め事』56

「ごめんごめーん!なんかつまずいたみたい」

(いつも通り、いつも通り…)

 心の中で念じながらカラカラと笑った。

「拓兄ーありがとねー」

(その調子。拓兄には悟られちゃいけない)

 栞は助けてくれた拓弥の腕をお礼のつもりでポンポンと叩いた。 

 もともと仲の良い兄妹でこれくらいの日常茶飯事、アレもこの延長だったのかもしれない…。

 栞は自分の中の複雑な気持ちを無理矢理もみ消そうとした。

「フゥ…」

 拓弥が小さく息を吐くのが聞こえてドキッとする。

 今までなら全然気にならなかったような小さな仕草の一つにさえ栞は敏感に反応した。

「意識しすぎだって」

 それ以上でも以下でもない的確な言葉。

 気付かれていた動揺よりも胸の中に芽生えたのは気付いてくれていたという小さな安心感。

「そんなんじゃすぐあいつらにバレる」

「…ごめん」

 拓弥のもっともな言葉に栞は素直に謝った。

(そうだった…何よりも気をつけなくちゃいけない事だった)

 他の二人の兄弟にバレてしまったら笑い事じゃ済まなくなる。

 やはり拓弥は長男なんだと栞は唇をキュッと結んだ。

「それに…そこまで意識されると期待するんだけど」

「き、期待って何が?」

 意味深な拓弥の言葉に栞はドキッとする。

 僅かに腰を抱く腕に力が入ったような気がした。

「分かってんだろ、栞だってずっと気になって仕方がなかったんだろ?」

 暗闇のせいか拓弥の言葉の一つ一つが耳の奥の方で響く。

 拓弥が触れている背中や腰の辺りがジンジンと熱くなっていくのを感じた。


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